No.846

題名:「情けは人のためならず」のSNS考
報告者:ダレナン

 よく巷で言われる用語の一つに表題の「情けは人のためならず」がある。その意味は、情けは人のためにならないと取られるも事も多く、「情けをかけることは、その人にはよくない」ような意味で用いられることもしばしばである。しかしながら、本来の意味は、「情けをかけることによって、巡りめぐって自分のためになる」である。国語辞典によれば、「情をかけておけば,それがめぐりめぐってまた自分にもよい報いが来る。人に親切にしておけば必ずよい報いがある。」である1)。
 文化庁による世論の調査1)でも、「情けは人のためならず」に関して、上記の二つの解釈に分かれることが多い。そして、図で示したように、50歳以下の世代では、むしろ、「その人のためにならない」との解釈が多いことが分かる。ただ実際は、これ自体も、用語の解釈と云うより、時代の世相を反映しているのかもしれない。
 そもそも、「情けは人のためならず」には、続きが存在する。本来は、「情けは人のためならず、巡り巡って己がため」2)となる。ただし、ここで問題となるのが、「情けをかけた」だから、「見返りをくれ」ということが挙げられる。「情けをかけた」から、「己がため」も「贈れ」という考えは、ソーシャルネットワークサービス(SNS)における「いいね」にも相似する。図の二つの解釈での乖離が多い世代の20代、30代はSNSが当たり前の世代でもあり、「いいね」を「贈れ」は、何となく「情けは人のためならず」の裏返しのようでもある。

図 「情けは人のためならず」の世代間解釈1)

 ヒトの社会性の背景には、利他性と互恵性が挙げられ(報告書のNo.321も参照)、それによってヒトは人らしい文化を纏った。この2つの特徴でも、利他性はチンパンジーなど、他の霊長類でも見られる性質であるが、互恵性(ある個体がある個体に対して利益を与える行為)は、ごっこ遊び(ロールプレイ)や、そこで見られる役割分担とともに、人特有のものでもある3)。さらに、それを進めて、互酬性(提供の義務、受け取る義務、返礼の義務という3要素を含んでいる贈与交換のシステム)は、現代社会の枠組みを提供する人間観や社会観でもある4)。特に、狩猟採集民の場合は、狩猟漁労活動の産物である獲物を一人占めすることなく、様々な機会に分配し、ある人が他の人に獲物のすべて、もしくは、一部をあげる分与や分ち合い、獲物を獲った人が別の人にあげ、それをさらに複数の人に分け与える再分配、獲物(の一部)をお互いに贈与し合う交換などによって、社会全体が潤すように互酬性が働く4)。しかしながら、SNSでは、情報という目に見合えない交換が主体となる。そのため、社会全体というよりも、個人の意識に引っ張られやすく、「いいね」を「贈れ」とどうしてもなりがちである。これは、SNSだけでなく、目に見えないメディア一般も同じ様相を呈しやすい。それが結局、過度の承認欲求にも繋がる(報告書のNo.767も参照)。

1) http://www.bunka.go.jp/pr/publish/bunkachou_geppou/2012_03/series_08/series_08.html (閲覧2018.6.30)
2) https://dic.pixiv.net/a/巡り巡って己がため (閲覧2018.6.30)
3) 松沢哲郎: 想像するちから-チンパンジーが教えてくれた人間の心-. 岩波書店. 2011.
4) 岸上伸啓: なぜ人は他の人にモノを与えるのか? 民博通信 139: 20-21, 2012.

 
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