No.768

題名:パワースポットのパワーを廻る思索の旅路
報告者:ログ

 近年、よく聞く言葉にパワースポットなる言葉がある。その意は、その場に赴くと、何らかのパワーが与えられ、神聖なものに触れられると同時に、パワーを介して何かを得られる、といったことになろうか。ただし、そのパワー自体は目に見えるものではない。太陽光発電のように、太陽光パワーが電気に変えられ、それをエコキュートに蓄電させ、お湯を沸かすなどの循環があれば、パワーは熱エネルギーに変換されたとしてメーターなどで確認できる。物理学的に言えば、パワーを時間軸で積分したものがエネルギーとなり、電気的に言えば、電力がパワー(単位:W(ワット))、電力量がエネルギー(単位:Wh(ワットアワー))となる1)。しかしながら、パワースポットにはむろんエコキュートはなく、電力も電気量も電気的には計りにくい。
 一般的に、パワースポットと言えば、思いつくのが神社、仏閣、史跡/古墳・墓となる2)。その他にも、富士山や高尾山などの自然もパワースポットとして脚光を浴びている2)。そして、そこに赴くことで、「精神エネルギーを満タンにしてくれ、運やチャンスを呼び込んでくれる」、ことが経験的に推察されている2)。その一方で、そのような経験的な印象から、パワースポットという言葉は一種の呪文的な側面を持っていることも指摘されている2)。このことから、パワースポットのパワーは、根拠のないパワーなのか? という疑問も湧いてくる。
 電気通信における雑音消去の面で業績をあげた工学者の関英男博士3)は、サイコトロニクス(*)を追求する目的で日本サイ科学会を創立された。そして、その学会において、このパワースポットの謎にも、科学的にメスを入れる試みがなされた。文献4), 5)によれば、パワースポットの気エネルギーの定量化も可能であり、特に、長野県長谷村(現在の伊那市)にある分杭峠が、強力なパワースポットの一つであると評価している。その分岐峠のパワーの根拠は、ゼロ場(相殺ゼロ磁場)にあるという5)。相殺ゼロ磁場とは、断層の両側から(正)方向と(負)方向の力が押し合って、局部的には零になり、零場が形成されてこの周辺に未知エネルギーが集積されやすい場のことをいう6)。(正)方向と(負)方向の力が押し合うことから、パワーがあるというよりも、まさに相殺パワー状態かもしれないが、その相殺された無のパワーが何かとして、感覚的に感知できるのかもしれない。図に分岐峠の旅路を示す。少なくとも、スマホのコンパスがぐるぐる廻る現象がそこで確認されている7)。

図 分岐峠の旅路6)

*:人間とその環境の内的・外的相互作用ならびに、そこに関与するエネルギーの過程という分野について、学術的な方法で研究する3)
1) http://gingaportal.blog111.fc2.com/blog-entry-51.html (閲覧2018.3.27)
2) 小寺敦之: 「パワースポット」とは何か –社会的背景の検討とその受容についての予備的調査. 人文・社会科学論集 29: 87-110, 2011.
3) http://psi-science.sakura.ne.jp/index.html (閲覧2018.3.27)
4) https://konokaheal.exblog.jp/16424800/ (閲覧2018.3.27)
5) https://konokaheal.exblog.jp/16431031/ (閲覧2018.3.27)
6) http://www.ina-city-kankou.co.jp/bungui/bungui.htm (閲覧2018.3.27)
7) http://gazoo.com/my/sites/0001452436/toyone_mura004/Lists/Posts/Post.aspx?ID=1111 (閲覧2018.3.27)

 
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