No.650

題名:承認欲求における「〇意に対する○○なお返し」の影響
報告者:ナンカイン

 本報告書は、基本的にNo.649の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 先の報告書にてチンパンジーの社会構造を調べ、それによってヒト社会と異なっている様相が明らかとなった。ヒト社会の特徴として、いくつか挙げることが出来るが、その一つに向社会的な行動があり、もう一つが互酬的な行動であろう。その部分的な内容について報告書のNo.647でも報告したが、共感感の促進には向社会的行動が欠かせない。
 ここで、向社会的な行動と互酬的な行動について詳しく述べると、霊長類学者でゴリラ研究でも著名な山極寿一博士1)によれば、向社会的行動とは、見返りを求めず、不利益を被ることをいとわず、相手の幸福度を上げる行動であり、互酬的な行動とは、相手のためになることをすれば、当然それに見合うだけのお返しがあって成り立つとする行動である。ゴリラやチンパンジーも後者の行動に関しては観察される。例えば、毛づくろいのお返しなどがそれにあたる1)。しかしながら、ヒト社会では自分と血のつながりのないはずの赤の他人を助けるために自分を犠牲にして労力を注ぐ前者の行動も少なくない。これは、生物学的にはまったく利益とならない行為でもあり、下手をすると、労力を注いだ側の死も招く。サルや類人猿の群れ社会では、ヒト社会と異なり、向社会的な行動は希薄で、あっても母子の間だけに限られる1)。一方、ヒト社会では協力という名の下、向社会的な行動と互酬的な行動も社会全体で当たり前に存在する。ここに、ヒト社会の特徴がある。
 ここで、お返しを考えない向社会的な行動に関しては一旦棚上げし、相互に成り立つ互酬的な行動について考えてみたい。先の類人猿の例を見るまでもなく、文化的には、向社会的な行動>互酬的な行動となり、向社会的な行動の方が上位に位置する。しかしながら、向社会的な行動の根底には、互酬的な行動があることは間違いない。その互酬的な行動も、見方によっては報告書のNo.648でも論じたヒト社会の承認欲求の成り立ちもはっきりしてくるかもしれない。そこで以下は、互酬的な行動・互酬性について考えたい。
 互酬性とは、「好意に対する適正なお返し」とされ、「相互依存的な満足の交換の様式」とされる2)。そこには与える側だけでなく、与えられた側の間の利益も重要となる。与える側と与えられる側による社会状態を考えると、交換における当事者の均衡が見える。図にその様子を示す。個人1の好ましさと個人2の好ましさが異なると、互酬的社会状態xは自由選択として出現しない2)。ここで、与える・与えないを物ではなく、情報のような目に見えない物から捉えると、その好ましさは目に見える物以上に判断基準が内的となる。すなわち、一方にとっ

図 互酬的社会状態2)

てはかなり好ましくとも、他方はかなり好ましくないとなることもあり、そこに目に見えない物の交換利益に伴う軋轢が生まれる。承認欲求は、自己が好ましいと思われる行為や行動に基づき、与える側は最良益であり、そのお返しを求めるも、与えられる側は反応が内的に個々の益となる。場合によっては、これに対して、与える側の「好意に対する○○なお返し」を、与えられる側は「嫌意に対する○○なお返し」として、内的に炎上し、外的にも炎上する。目に見えない物が多いヒト社会には、互酬性に承認欲求が大きく影響する由縁である。

1) 山極寿一: 家族進化論. 東京大学出版会. 2012.
2) 永田えり子: 互酬性の個人合理的な基礎. ソシオロゴス 8: 108-118, 1984.

 
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