No.405

題名:近代モダニズムの精神に呼応するパンツの形状
報告者:ナンカイン

 人はあらゆることに対して理論づけしようとする。特に、年齢とともに経験値が大きくなるために、「俺は(私は)、いろんなことを知っているんだぜ(知っているから)」と言わんばかりに、人を批判めいて、自分(俺(私))は理論武装する。俺(私)曰く、「それが正義である」。そのようなこと自体は悪いことではない。経験に基づく優れた判断もある。一方で、経験に縛られると、年齢とともにチャレンジが滞る(No.400も参照)。いわゆる夢がなくなる。しかしながら、結局、人は直感で生きている。理論に先立ち、感情があり、その感情は、何らかの行動を起こすきっかけとなる(No.351も参照)。言葉や形式は後から意味づけしたものである。その蓄積が、文化となる。そこで、これを踏まえて、あえてここで問いたいのが、表題の内容についてである。経験的に意味があるかと問われれば、まったくない。ただの言葉の組み合わせである。そのような半ば直感的なテキトーな表題に従って、ここに何かを書くことは、俺(私)曰く、「意味がない」。しかしながら、テキトーな直感が、テキトーな繋がりを生じさせ、そこにテキトーな価値が生まれることも否定はできない。そこで、あえてチャレンジしたい。表題が、テキトー科学の台頭として紐解かれんことを。
 まず、近代とモダニズムの組み合わせであるが、モダニズム自体の語源がモダンであり、すでに近代の意味を含んでいるために、意味がダブっている。間違えた言葉の扱い方かもしれない。しかしながら、近代とモダニズムを組み合わせることで、より意味合いがダブるで、強くなる。モダニズムについては、文献1), 2)で検討されているが、現代アートに根差すものであり、19世紀中頃に起こった活動にその根があるが、文献1)であるように、「モダニズムとは「言葉」ではなく「物」と「技術」そのもの」をいう。明らかに、モダニズムは、後づけされた意味がある。そのモダニズムの原型は、フランスの画家のマネにあるが1), 2)、マネ以降のモダニズムの思想は、結局は、マネをまねている、ことになる。ここに一つのダジャレが生まれた。そして、そのダジャレな精神に呼応するべくパンツの形状であるが、パンツは、かつてはインナーのパンツがパンツとされた。何時のころからかは不明であるが、所謂かつてのズボンと言われるものが、現代(近代)ではパンツと呼称されるようになった。文化の変化である。そのパンツの形状を探ると、チノ、デニムといったよく知られているタイプから、スカンツ、ガウッチョといったあまりよく知らないタイプも散見される3)。ここで、視点を変えて、なぜ人はパンツをはくようになったかを問えば、その起源は明らかではない。パンツをはくようになったのは、やはり、人が二足歩行を始めたことが第一の理由として挙げられ、その説は様々であるが4)、第二の理由として裸で(No.261も参照)、しかも二足歩行でということもあるのかもしれない。裸の二足歩行では、生殖に際しての重要な器官が野放しとなる。そこで、パンツ的な何かを利用することでそれを保護したのかもしれない。いずれにせよ、パンツの形状は、骨盤と足を覆う形状は、様々なパンツ形状3)でも、違いはない。このことから、パンツの形状を産み出した人の文化の背景には、人の「物」と「技術」そのもの、モダニズムが根底にあったということになろうか。やはり、パンツが人の精神(らしさ)を産み出した、とも言える。パンツから、その近代に繋がるモダニズムの精神には、人の起源が潜んでいる。人はパンツから目覚めた、と締めくくりたい。

1) http://d.hatena.ne.jp/baby_theory/20131101/p1 (閲覧2017.2.9)
2) http://d.hatena.ne.jp/araiken/20160405/1459808575 (閲覧2017.2.9)
3) http://www.modalina.jp/kind/pants.html (閲覧2017.2.9)
4) http://karapaia.com/archives/52232251.html (閲覧2017.2.9)

 
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