題名:閉ざされた地下洞窟で生活すると人はどうなるのか?
報告者:ダレナン
本記事は、外部刺激から完全に隔離された閉鎖空間、とりわけ地下洞窟における長期滞在が、ヒトの身体的および精神的機能にどのような変容をもたらすのかについて考察するものである。
ヒトの活動リズムは、通常、太陽光という絶対的な外部環境によって規定されている。これをサーカディアンリズム(概日リズム)と呼ぶ。朝の光を浴びることで体内時計がリセットされ、およそ24時間周期の生活が維持される。しかしながら、光が全く差し込まず、温度や湿度が一定に保たれた地下洞窟では、この外的同調因子(ツァイトゲーバー)が完全に欠如することとなる。
この特異な環境下におけるヒトの生態系への影響については、フランスの地質学者ならびに時間生物学者であるミシェル・シフレ(Michel Siffre)氏の実験が示唆に富んでいる1)。彼は1962年をはじめとして複数回にわたり、時計もカレンダーもない地下空間での長期隔離実験を自らの身体をもって遂行した。
彼の報告によれば、外界からの時間の経過を示す情報が完全に遮断された環境下において、ヒトの睡眠・覚醒のサイクルは、次第に24時間ではなく、およそ24.5時間から25時間へと延長していく現象が確認された。これを「フリーラン(自由継続リズム)」と呼ぶ。さらに興味深いことに、長期間の隔離状態が続くと、時には睡眠・覚醒の周期が48時間(36時間起きて12時間眠る)にまで劇的に変化するケースも見られたという。この事実は、ヒトの生物学的時計が固有の周期を持ちつつも、外部環境との同調なしには極めて流動的になりうることを示している。
さらに、心理的な変化も見逃すことはできない。時間の感覚は著しく歪曲し、数ヶ月にわたる滞在期間が、被験者の主観的な感覚においてはその半分程度の期間にしか感じられなかったと報告されている。外界とのコミュニケーションの断絶、単調な環境による感覚遮断は、極度の孤独感や気分の落ち込み、場合によっては幻覚や記憶力の低下といった認知機能の衰えを誘発する可能性も指摘されている。
我々の脳は、無意識のうちに外界からの絶え間ない情報入力によって「自己と世界の連続性」を維持し、計算しているのである。物理的な刺激が極限まで削ぎ落とされた暗黒の洞窟空間は、ただの「暗い場所」ではなく、ヒトの精神の深奥に潜む無意識の時計と認知の基盤を露呈させる、巨大な心理学的・生理学的な実験室となりうるのである。
ヒトは本来、地球という環境と複雑に同調して生きている。深き地下への潜行は、単なる空間の移動ではなく、この星とヒトとを繋ぐ「時間という絆」を切り離す行為に他ならない。閉ざされた洞窟の底で人が見出すのは、純粋なる孤独か、それとも自身の内なる深遠なる世界なのか。その探求は、引き続き重要な命題であると考える。
1) 例えば、[ミシェル・シフレの時間生物学的隔離実験についての文献や記述を参照のこと]
