題名:今日のお題は、「すれ違いのアルデンテ」
報告者:ダレナン
(No.2814の続き)
僕がIT企業に勤めはじめたのは、新卒の春だった。学生時代からパスタが好きで、週に何度もいろいろな店を巡っていたが、まさか会社で同じ趣味を持つ人と出会えるとは思ってもみなかった。
彼女—莉緒もまた、無類のパスタ好きだった。同期入社で業務担当も同じ。最初は仕事の話をするうちに、何気なく好きな食べ物の話になり、二人とも温玉のせのボロニアミートやアラビアータが一番好きだと分かった時は、思わず笑い合った。それ以来、僕たちは自然と仲良くなり、新しいパスタの店がオープンするたびに情報を交換し、必ず一緒に足を運ぶようになった。
けれど、そんな僕たちの関係を快く思わない者もいた。その一人が、直属の上司・小門だった。彼は仕事はできるが、人の好き嫌いが激しいタイプで、特に若い女性社員には妙に干渉する傾向があった。莉緒は社内でも評判の美人だったし、僕が彼女とよく食事に行くことが気に入らなかったのかもしれない。
最初は小さな嫌がらせだった。僕にだけ伝達が遅れる、業務の割り振りが不自然に重くなる。けれど、莉緒との仲が深まるにつれ、それは徐々に露骨になっていった。彼女と同じプロジェクトを外され、代わりに彼女は小門が率いるチームに異動になった。
それでも僕たちは変わらずにいた。業務が変わっても、ランチの時間や退勤後に新しいパスタ店を探し、一緒に食事をした。だが、そんな僕たちの関係を決定的に壊したのは、ある噂だった。
「莉緒が小門と付き合っているらしい」
最初にそれを耳にしたとき、僕は信じなかった。彼女に限ってそんなことはないと。だが、彼女の態度が少しずつ変わっていったのも確かだった。仕事が忙しいと言って、食事の誘いを断ることが増えた。以前は何か新しい店を見つけると、真っ先に僕に話してくれたのに、最近では他の人と行った話を後から聞かされるようになった。
そして決定的だったのは、オフィスの廊下で見た光景だった。
莉緒が、小門と二人で親しげに話していた。彼の手が彼女の肩に軽く触れ、莉緒は笑っていた。そんな姿を見たのは初めてだった。
その夜、僕は彼女にメッセージを送った。
「最近、避けてる?」
しばらくして、短い返信が届いた。
「そんなことないよ。でも、もうあまり会わないほうがいいかも」
それが僕たちの最後の会話だった。
その後、僕は会社を辞めた。仕事が嫌になったわけではない。ただ、あのオフィスにいても、もう楽しくなかった。莉緒とも連絡を取らなくなり、彼女がどうしているのかさえ分からない。
それでも今も、パスタを食べるたびに思い出す。彼女と一緒に食べた温玉のせのボロニアミートの味。あの頃の莉緒の笑顔。
そして、もう二度と戻らない日々のことを。
今日のお題は、「すれ違いのアルデンテ」