No.2684

題名:今日のお題は、「透明な彼女と、不透明な僕」
報告者:ダレナン

(No.2683の続き)
 彼女は透明だった。最初からそうだった。光を透かし、影を持たず、手を伸ばせばすり抜ける。けれど、僕には彼女が見えていた。輪郭も、表情も、言葉さえも、確かに僕には感じ取ることができた。でも、それを誰かに説明しようとすると、途端に言葉が曖昧にぼやけてしまう。
「あなたは、いつもはっきりしない」
 彼女は僕に不満を漏らす。透明な彼女が、不透明な僕に不満を抱いている。
「はっきりしないって?」
「気持ちが、行動が、言葉が――何もかも。私はこんなに透明なのに、あなたはいつも霧の向こうみたい」
 確かに僕は、自分の輪郭すらよくわからなくなることがある。朝起きたとき、昨日までの自分が何を考えていたのかぼんやりしている。過去の記憶も、未来への展望も、ぼやけてしまっている。
「私はあなたに、もっとはっきりしてほしいの」
「でも、僕はどうすれば?」
「たとえば、私を好きなの?」
「うん……たぶん」
「たぶん、じゃなくて」
 僕は黙り込む。彼女がどんな顔をしているのか、よくわからない。ただ、確かにそこにいるのに、いないような気がする。
「あなたって、どこまでがあなたなの?」
「僕にもわからない」
 その瞬間、彼女の姿が少しだけ揺らいだ気がした。透明な存在が、さらに透明になっていく。
「ねえ、あなたがもっとはっきりしてくれないと、私、本当になくなっちゃうかもしれないよ?」
 僕は手を伸ばす。触れられないことはわかっているのに、それでも、透明な彼女をつかまえようとする。でも、指先には何の感触もない。ただ、空気だけがそこにある。
「……ねえ」
「なに?」
「はっきりするって、どういうこと?」
 彼女は答えない。ただ、その場に立って、僕を見つめているようだった。でも、本当に僕を見ているのかどうかも、もうわからない。そして次の瞬間、彼女はふっと、消えた。僕は、ただそこに立ち尽くす。何かを失った気がする。でも、それが何だったのか、もう思い出せない。
 僕は、不透明なままだった。

今日のお題は、「透明な彼女と、不透明な僕」

 
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