No.2426

題名:今日のお題は、「ニューロマンティックってか」
報告者:ダレナン

(No.2425の続き)
 でも、ブランドンちゃんもそろそろ自分の脚色だけでなく、すぐれた、そう父ちゃんのデヴィッドが「裸のランチ」を、ウイリアム・バロウズの長年の敬愛から、マンをきして撮ったように、誰か敬愛するような作家をもとに映像化してもええんでないか。マンにキスんや。そうでないと、ジコーマンゾクになっちゃうでよ。映画「アンチヴァイラル」はわるくはなかったがの。おっと、映画研出身なのにろくに映画撮れなかった俺がブランドンちゃんに妙なアドバイスしちゃったぜ、べいべー。

僕:「おーべいべー、おーべいべー、いけないるーじゅまーじっく」

 よくよーっく考えると、忌野清志郎も坂本龍一もすでに”この世”からいなくなってしまったという事実(悲)。この系列で、あとに残るは土屋昌巳だけという。

僕:「すみれ、せっぷてんばーらーぁぶ。おどろーお、せっぷてんばーどりーみん」

 なつかしいなDuran Duran。「グラビアの美少女」って今思えばすげー邦題だな。やりたい邦題の80年代だな(笑)。

僕:「ニューロマンティックってか」 今日のお題は、「ニューロマンティックってか」

 僕のたしか(ではない)記憶によれば、「見ながらレビュー」の最初はここらへんの物語からだと思う。 
 映画「トワイライト」に熱中し、夢中になり、気が付くと執筆しながら見ていたような記憶がした。それはもう遠い昔のこと。
 おぼろげながら、覚えているだけの、遠い記憶。
 ここらへんの物語の執筆した日付をみるとあれから4年経っていた。随分と濃い4年感がする。この時は4年後にムショク・パートになるとは感じてはなかった。ましてや新型コロナウイルスなどパンデミックが起こるとはつゆしらず、この時期のちょっと前までウォーキング・デッドでうはうはしていたんだ。
 その当時は僕はまだ生きている側だったからだ。
 今の僕はもうすでに〇んでいる。僕はゾンビになってしまった。だから、ウォーキング・デッドは今さらは見たくはなかった。見る視点がすっかり変わってしまった年老いた体、と心底思う。昨年からは小人19に体と心を蝕まれ、年始の地震で自身も自信を失った。コンパスも手になく、将来の磁針も見えてない。
 北はどこだ? なにもかも世界がすっかり変わってもうたぞ。
 僕は今”あの世”にいる。
 僕は今”あの世”にいる。
 僕は今”あの世”にいるんだ。

 
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