No.2243

題名:今日のお題は、「珍考が功を奏した」
報告者:ダレナン

(No.2242の続き)
 かつては名将、暴れん坊将軍といわれた息子も、今では家老(過労・加老)となっていた。
 老いたわるは過ぎたるがごとし。そんなことわざはあったような・ないような、そしてないような感じで内容がないようなそんな気持ちで執筆する。
 まさに珍考が功を奏したようだ。今日のお題は、「珍考が功を奏した」にしよう。
 未知の駅でのトイレのうんこにより、”ちんこう”から”う”を取り除かれ、老いたわりなくかつての名将は今も名匠(名高い工匠)となって奮い立ち、僕はその様子にいささかすっっきりしていた。

「僕もまだ捨てたもんじゃない」

 息子はそう叫んでいた。

 未知の駅のトイレから出ると、どこに行こうか思案した。

「確かこの先に温泉があったはず」

 車内に戻ってからスマホで調べると、やはり未知奥に温泉地が見つかった。娘の茉依が産まれる前に妻の成美と来たことがあった秋葉温泉であった。そういえば、そこの近くにあった子尊神社も覚えていた。

「ここにお参りにきて成美のおなかに赤ちゃんが出来たんだった。僕がちょうど30才で、前々の職場でのプロジェクトがうまくいったために転職した時期だな。なんだか懐かしいな。よし原点に戻るために、ここに行ってみよう」

 今日の目的地が決まった。とりあえず秋葉温泉に行き、温泉につかったのち子尊神社にお参りにいくことにした。
 道はどうやら一本だけのようだった。
 くねくねとくねる山道の先に村々が転々とあって、そこのさらに先をいくと秋葉温泉がある。ひなびた温泉地だったが、知る人ぞ知るむかしからの湯治場でもあった。宿自体は当時で3軒ほどしかなかったような。泊まろうと思ったけど、妻な少し怖がったのでやめたような。
 いろいろなことを思い出した。
 僕も妻もまだ若かった。
 結婚して4年目だったが、なかなか子どもが出来ずに妻の成美も30目前だった。お互いに年齢的にも少し諦めた感じが出始めた時期だった。妻の同級生の子どももすでに3、4才となり、僕たちには子どもができないのだろうか…、そうしてかつての珍考をめぐらせ、山道の中、車を走考していた。

 
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