No.2140

題名:愛の記憶の供養
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.2139の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

忘れてはいけない、田宮平十郎の愛の記憶。そんなもんには興味ねー…。
まぁ、そんなことおっしゃらずに聞いてくださいませ。
一庶民の歴史など、そんなもんです。そんなこともじゅうじゅう分かっておりやす。
でも、もうすぐ39歳を迎えるアラウンド・フォーティの生物学的にはオスとして、さらに僕の父さんが58歳で亡くなったことを考えると、僕は僕という動物はすでに人生を折り返している。
そう感じておるのです。
だからこそ、記憶の奥底に刻まれているあの輝かしい大学時代の当時の出来事、それは今も“それが”刻まれておるのでありますが、それを記すことで愛の記憶の供養ともなるわけであります。
忘れてはいけない、でも、田宮平十郎の愛の記憶は、生臭い年になるとともに歪んでいってるわけでもありまして、性春を思い返しては、それが今の青春となるのです。
タイムマシンは未だに発明されていません。タイムトラベルも実現されていません。この先、何十年、何百年経とうとも、人類は過去には戻れないのは事実です。「時間をループ状に曲げることにより、未来に行ったり、過去に戻ったり、そして再度未来に戻ることができる」(1)のは、僕の人生を、折り返したその先のゴール(死)までにはありません。
今、戻れるのは記憶だけです。
今、時間をループ状に曲げることができるのは、記憶だけです。
悲しいことにその湾曲のカーブがきつければきついほど歪曲し、歪むわけです。)

 沙耶がぼくのそれを上下に動かすと、僕の意識は段々と遠のいていく。そして、誰が歌っているのか分かなかったが、耳元でヘイジュードがリフレインし始めた(和訳は(2)からです)。

ヘェイジュゥード、ドンメッキーバー…
彼女を心のなかに受け入れてみろよ
そうすればいい方向に進み始めるさ…
彼女を忘れられないほどになってみろよ
そしたらよくなり始めるものさ…

 その歌に鼓動をあわせるかのように、僕はぼんやりとぼやけた視界で沙耶の目をじっと見つめていた。

沙耶:「平十郎くん、気持ちいい?」

1) https://www.cnn.co.jp/fringe/35149770.html (閲覧2021.9.15)
2) https://utaten.com/specialArticle/index/4358 (閲覧2021.9.15)

 
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