No.2103

題名:「このように感じたことはない」(Album Version)
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.2102の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 八度まもるの奥さんである八度美幸との面談を終え、あるいは、先の筆者のくだらない文体の思想に惑わされたものの、私(花見英明)は今しがた診療時間を終え、コーヒーを飲みカルテを記載しながら、八度まもるの監視映像を確認していた。八度まもるは身体を拘束されながら、305号室で眠っていた。
 彼はやはり私が望むpatient O.T.と症状が異なる。そう感じていた。
 もう、私にはあの田所治のような症例は見ることが出来ないかもしれない。彼はなんとなくであるが電気けいれん療法でよくなろうとしている。それは時代の流れかもしれないし、時代に応じて変化する精神疾患の特徴でもあるのかもしれない。そのように夢想し、これからの自分の人生にもすでに落胆していた。

「私が夢見たあのpatient O.T.の症例は、この世にはもはや登場しない。それは医科大学時代の興奮から、あるいは岩倉武雄の世代から聞いた、当世の幻でしかないのだ」

 そう思い経つと、もう自分がここで診療している意味はない。

 そう思えた。

 「よし、隠居しよう。時期をみて、北医師に全権を渡そう。この岩倉精神病院のすべてをだ。その決断に、もう義理の父である岩倉武雄も何も言うまい。彼はもうすでに片足をあの世に突っ込んでいるから…」

 妻妙子のことを思い出しつつ、私はジェニファーとのあのアメリカ時代をまたも思い出していた。

(私が歩いている路線は、間違いだったのか?)
(いや間違いではない)
(では、なぜジェニファーとの人生を歩めなかったのか?)
(そんなの知らない)
(というか、あんたは誰だ)
(わたしは良心だ。あなたの良心だ)
(良心なら、私の今の人生は間違っているのか?)
(いやあっている)
(では、なぜ良心が語っているのか?)
(…)

 それ以上、何も語られなかった。私は黙々とカルテを記述し、そしてもう一度八度まもるの監視画像を眺めた。頭の中では、Brian McKnightの「Never Felt This Way」がリフレインしていた。

 
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