No.2095

題名:私の希望の光
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.2094の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 結局、僕と妻の間には子供はできなかった。

 僕は日本に帰国した後、医科大学を卒業し、精神医学会での都の郊外にあった岩倉精神病院の院長に見初められた。スタンフォード大出で、かつアメリカで失敗したものの起業したという変わり種の経歴が、どうも彼の興味を引いたらしかった。
 その夜に彼に一杯ご馳走になり、彼の隣りにいたうら若き美しい女性を紹介された。名刺を頂いた時に秘書とのことであったが、言うなれば、その人は院長の娘であった。やがて僕の妻となる人物、旧姓岩倉妙子だ。
 その日を堺に、私の考えは次第に岩倉武雄(岩倉精神病院の院長、後の義理の父)に傾倒していった。彼は若い頃に実際にpatient O.T.に出会ったことがあり、実に興味深い症例だったことを教えてくれた。私は特にそのpatient O.T.の症状を理解すべく、熱心に彼の言葉に耳を貸し、そして彼に優遇されることとなった。程なくして大学病院から岩倉精神病院に移った。
 移ってからすぐに私は院長の娘と結婚した。そして妻の後押しもあり、院内の中で次第に権力的な頭角を現すことに成功した。その様子を影ではねたむものもあったかもしれないが、私がスタンフォード大を卒業したことと経歴も抜きん出ていたこともあって表向きは尊敬された。しかも、私は、院長の娘の夫という立場もある。ある意味、私は日本のうまいしきたりに乗っ取りトントン拍子に出世した。
 その頃はすでに岩倉精神病院の経営も含めて、院内の全てを私が掌握するようになった。
 当時の立場上は副院長だった。が、実質の経営は私のものだった。院長も私を信頼し、全権を委ね、たまに旧患を診療するぐらいでほぼ隠居状態であった。その時から、俄然と私の興味は、patient O.T.なる田所治と同じような症状を有するクランケを収集することに費やし始めた。でも、なかなかそれは現れなかった。漫然と診療する中、八度まもるが現れた時、彼はまさに私の希望の光だった。
 でも、実際のところ、彼は、田所の症状とは違うのだろうか?
 私は何か間違った夢見ていたのだろうか?
 妻妙子との間に満たされなかった欲望が、八度まもるの登場により満たされるのか?
 それとも満たされないままなのか?

 廊下を掃除しながらずっとそのことを考えていた。

 何かが変わってしまった。
 満たされないまま。
 八度まもるの症状は何を意味しているのか?
 田所治は、彼は一体何を伝えていたのか?
 何を伝えたかったのか?

 
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