No.2075

題名:ことの顛末を語り始める
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的に No.2074の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 花見医師は八度まもるの妻、八度美幸にその不可解な脳内のつながりを話しつつ、かつての興奮を少しづつ思い出していた。

(私の感に間違いなければ、かつて論文で出逢ったpatient O.T.という医学界で騒がれた田所治の症例と八度さんの症状は間違いなく非常に酷似している。彼(田所治)は確か幼いころに事故を起こし、それによって昏睡状態が続いた後、急に目覚め、そしてその後に奇妙な特殊能力を備えた。それは…)
「先生、そういえば思い出しましたわ」

 花見医師のかつての回想を遮るように、八度美幸は夫まもるの過去の出来事を語り始めた。

「そういえば、まもるくんと付き合い始めた当時ですけれども、彼の過去に起こった不思議な出来事を聞いたことがあります…。それを話してもいいものなのかどうか、わたくしには判断がつかないのですが。これを話すには、本当はまもるくんにも聞かないといけないかもしれませんけど。彼にもこのことは誰にも言わないでほしいとその時、釘を刺されましたので…」

 彼女は若干ためらいがちに医師にそのことを伝えた。花見医師は自らの回想が彼女の発言で遮られたものの、自分が医師としても明らかに職業的な興味が人の精神世界に向いていると自覚をもたらされたpatient O.T.と八度まもるとの奇妙な一致に、今からその話が聞けるかと思うと非常な興奮を覚え始めていた。

「もちろんですとも。それはここだけの話とさせていただきます。安心してください。ここでの会話はむろん一切カルテにも記載はしません。それでどうでしょうか…、八度さん」

 彼はじっと八度美幸の目を見つめた。そして彼の目の奥の野望をひたむきに隠しつつ、表向きは冷静にふるまった。ただ、彼の本音で言えば、八度まもるの過去に何があって、そして、この後に起こる何かが、patient O.T.とどうつながるのか、今は無性に知りたかった。それは医師という垣根を超え、単純に引き起こされた彼の心の内の衝動でもあった。

「分かりました。先生のお言葉を信じて、ここだけの話として夫に起こった過去の出来事について語りたいと思います」

 ちょうどその時分に陽の光が傾き始め、時間は夜を迎える前の強烈な光を窓に向けた放っていた。それが花見医師の顔をうまく覆いかぶし、彼の顔は光の影となって表情を包み隠した。そのことで、妻美幸は次第に躊躇なく医師の彼にことの顛末を語り始めることが出来た。

 
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