No.2072

題名:プラひもへの執着
報告者:ダレナン

 サイレンの音は僕たちのアパートのすぐ横の民家で止んだ。僕のお迎えではないようだった。その間、妻は抱きかかえた僕のよだれや何やらをふき取ってくれ、ずっとそばに居てくれた。
 妻に言わせると、僕の様子が朝からいつも以上におかしかったのと勤務中に嫌な予感がして早番にて早退させてもらったとのことだった。とにかく間に合ってよかった…、と妻は大粒の涙を流していた。
 このご時世で妻の勤務先も大変なのに、僕のためにと僕も次第に涙が溢れてきた。そして、それとともに徐々に手足の感覚が戻り、僕の首にはプラひもがだらしなく巻き付いていることが分かった。自然と切れたのかもしれない。部屋に一角の突起物にはもう片方と思しきプラひもの切れ端がだらりと下がっていた。
 妻に着替えを勧められ、シャワーを浴び、着替えることにした。シャワーを浴びている時は幾分まともな思考状態だった。僕はきっとプラひもで死のうと思ったんだ。Purpleの世界を変えるために、プラひもに望みを託したんだ。でも、それはまともな思考で言えば自死だった。そこにあるのは、チェンジではなく、ジ・エンドだった。
 着替えた後に再び目の前が脳裏がPurple色に浸食されつつあった。妻はそれを察知してか、僕の手を引っ張り、そして無理やりに車に乗せ、病院に向かった。

 医師の診断後、急遽入院することとなった。身の回りの物を検査され、その後にここでも着替えさせられた。そして非常ドアのような重い鉄製のドアの個室へと僕は案内された。部屋の中の調度品はベッドと穴の開いた簡易なイスしかなかった。カーテンすらない鉄格子の開かない窓が申し訳なさそうに壁に備え付けられた殺風景な部屋だった。その他はまったくそこには何もなかった。今思えば、監視カメラはどこかにあったかもしれない。
 部屋の中で簡単な説明を受け、とりあえず僕はベッドの上に横になった。その後もずっとぼーっとしていた。なんとか療法なるものを受けるように伝えられるも、とにかく終始ぼーっとしていた。その方が楽だった。もう何も考えなくていいんだ。もうなにも…。もうなにも…。もうなにも…。

 日々過ごすうちに時折、同じ時間帯で看護師さんが部屋に入ってきて、検温や薬を勧めた。その時に少しづつだが、いろいろな話ができるようになった。僕の妻も看護師だということを伝えると、その看護師さんも僕に対して親近感がわくようになったのか、あるいは僕がそうだったのか分からないが、会話も徐々に増えていった気がした。ただ、いつも夕方から夜にかけて過去の何かがフラッシュバックして、脳裏のPurple色が蘇り、僕は無意識のうちにプラひもを探すことがあった。ここでは何もないにせよ、

(あのプラひもは、僕をあちらの世界に連れてってくれる)、

そう思い込まずにいられなかった。プラひも、プラひもとだんだんと執着して繰り返していた僕に、ある日医師は電気けいれん療法を受けてみてはどうかと説明した。

 
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