No.2016

題名:”あやす”
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的に No.2015の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 気がつくと窓のカーテンの隙間から朝日が漏れ、すでに夜明けを迎えていた。二度寝だったが、すっきりした感じがした。時計を見ると、8時ちょうどだった。汗でぐっしょり濡れて、シャワーを浴びてからかれこれ2時間16分経過したことになる。その2時間16分で見た夢もなんとなく覚えていた。宙に浮遊した僕は、ざくろ色した汁経験をした。ざくろ~いろした~しくらめん~ほど~すがすがしい~ものはない~、汁経験? そうだ、そのセルゲイ・パラジャーノフで初めてアルメニアという国を知る経験をしたのだ。
 ざくろの色は1971年のセルゲイ・パラジャーノフ監督による作品で、上映時間:73分、製作国:ソ連ロシアであろうとも、間違いなくパラジャーノフの魂が込められていた。彼は、ソ連の映画監督、脚本家、画家、工芸家。グルジア・トビリシ出身のアルメニア人であった1)。だからこそ、産まれた映像でもあった。レビューも軒並み意識が高い2)。僕的に、簡単にこの作品を言えばこうなろうか。「ストーリーはない、でも、映像は詩的」。言わば、なんか通ぶれるのだ、これを知る経験で。しったったで~。
 ただ、夢診断によれば、ザクロも、宙に浮くも、このような夢を見たことは確かよかったはずだと想い出した。そこでそれが正しいのかを調べると、ざくろの色は演技がよかった。ザクロの夢も縁起がよかった。ただ、宙を浮く夢は、地に足がついていないなどと、ぬかしやがる。ぬかしやがる。もう一回、ぬかしやがる。
 それを読んだ瞬間、何だか、自分の文章をとがめられたような気がした。「あなたの文章は、地に足がついていませんよ」と。まぁ、そうだな。そうでや~んすね。と、思いつつも、今日、リトルを勤務先に連れて行くことにあまり変な気を起こさなくてもよさそうだった。少なくとも演技と縁起は悪くはない。宙に浮ついているのは、僕の心持ちだけ。それ思えるだけでも一安心でけた。

 勤務先にリトルを連れて行くと、リトルを胸に抱えている僕を見た途端、ゲツベさんは「おほ~、やっと、連れてきたんやな~」と大手を振って喜んでいた。続けて、ゲツベさんは、ネコ舎のある方向に向かって「Hi(ハィ)、トラー」と呼びかけた。すると、草むらからあのボス格のネコが現れた。そして、僕の姿を、僕が胸にリトルを抱きかかえている姿を見ると、にやりと微笑んでいるようにも思えた。
 「ほな、そこに離して~な~」とゲツベさんが言うので、僕はしゃがみ込み、リトルを手放した。
 リトルは最初怖がり、ぶるぶると体が震えていたが、そのボス格のネコが近づき、リトルを”あやす”と不思議と落ち着きを取り戻した。そして、僕の方を振り返り、「にゃおーん」と誘うように答えた。その表情は今までにないリトルの表情を見た気がした。人で示せばこんな感じだろうか(図)。やはり僕一人よりも仲間の居る方がいいのだろう…、そうだろうな…、その時のリトルの仕草に僕はそう感じてはいた。

図 感じ3)

1) https://ja.wikipedia.org/wiki/セルゲイ・パラジャーノフ (閲覧2021.4.2)
2) いろんなレビュー (勝手に閲覧)
3) https://www.pinterest.jp/pin/731694270688737030/ (閲覧2021.4.2)

 
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