No.1910

題名:ヒヨコからニワトリへと成長した。
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1909の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 伊香保温泉で妻を探してもその足取りは、結局は追えなかった。ただ、その後1週間ほどで妻はふらりと家に帰ってきた。「どこに行ってたの?」と聞いても特に返事はなかった。その時、妻は振り向くなり、開口一番こう言った。「ダリオくん、浮気してたでしょ、ワカモト・クミと」。何も言い返せなかった。(でも、浮気ではなかった、本気だったんだ)、と言い返そうとしても、言葉がのどに詰まっていた。僕は、決して浮気じゃない…。あれは、本気だったんだ…。
(あなたが悪いのよ)
(あなたが悪いのよ)
(疑惑による有罪、Guilty By Suspicion)
 すでに、会社はとうのむかしに僕を解雇し、首になった今の僕は無職だった。ついでに会社の人に確認すると、クミちゃんも僕の前から消えるように“なぜ“か退職していた。退色の無色で、僕は何色にも染まることなく、僕の頭の中も透明なくらいにブルーになっていた。何もかもがそこから消えていた。

 僕は本当に愛していたのだろうか? シズコのことを、クミちゃんのことを。その愛の痛みをも…。

 あれから1年。
 シズコはすでに僕の過去にあったことも、表面上は何も攻めなくなっていた。”くっくどぅーどるどぅ”も、ヒヨコからニワトリへと成長した。(よりによって、わたしも知っているワカモト・クミと、“なぜ“なのよ)。

ぼきゅは、くみしゃんを、ころしゅんだ。

「買い物にいってくるよ」
「いってらっしゃい」
 妻シズコに買い物を行くことを伝えて、僕は自転車に乗った。近所のスーパーは今日のチラシによれば、当店人気のお惣菜として、「生しょうが入り手もみ若鶏もも竜田揚げ」があるはずだ。同列に示されていた「サクッとジューシーな肉厚チキン」もよさそうだった。
 スーパーの近くまでくると、僕と同じように、前に買い物をするかのような自転車を漕いでいる人が見えた。肩から腰にかけての滑らかな曲線、そして、逆さのハートを思わせるようなサドルでのお尻。その姿勢に、僕はクミちゃんのことを夢想した。そして、あの伊香保温泉での濃密な三日間を思い出さずにいられなかった。
 ラブリーな雰囲気を醸し出している彼女は、スーパーの自転車置き場に自転車を置き、こちらを振り返った。「あっ、タケヒサさん」。ふとその人に、そう言われたような気がした、が、クミちゃん…実際はクミちゃんではなかった。似て非なる、他人の空似だったかもしれない。
 クミちゃんは今、どこにいるのだろうか…?
 不覚にももう一度、彼女の存在を、その肌を確かめたい想いにかられていた。

 
pdfをダウンロードする


地底たる謎の研究室のサイトでも、テキスト版をご確認いただけます。ここをクリックすると記事の題名でサイト内を容易に検索できます。



...その他の研究報告書もどうぞ