No.1901

題名:Reflexion。
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1900の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 バフォメットなるその神は、その後にラファエルによって荒野に追放された。そして、神殿の幕が裂けた時に、古代の神託所は沈黙した1)。その沈黙は、僕に対して、この後の3日間、いつしか享楽的な神とともに快楽におぼれることを諭していた。それが、僕たちの神さま、だった。
 そうだ。文頭で何かすごいことを書いても、そこを読めば分かるように、そこに書いてある内容は全くの無意味であり、無価値であり、頭のペラペラをひけらかすように、ただの組み合わせに過ぎなかった。でも、クミちゃんの髪は、紙のようなペラペラでなく、神に似てフワフワして、僕には大いに意味があり、大いに価値があった。フワフワとして、くるくるしているその髪は、今しがた美容院から帰って来たかのような軽やかさを表現していた。その髪型は、真っ白な服を纏っているクミちゃんにとっても似合っていた。
 僕たちは、旅館の人に部屋まで案内され一礼し、トータルして二礼二泊手一礼で泊まるその部屋に入ったとたん、きれいに真っ白い紙の透き通った和室の障子からは、夕闇の美しい明かりが漏れ、それがクミちゃんの髪にあたった。僕はそこに神を見た。僕にとっての美しいまでの真っ白な女神だった。
 貯まらずにいる僕は、堪らず目の前に居るクミちゃんを背後から抱き寄せ、そっと髪をなでた。クミちゃんは自然に僕に振り向いた。貯金はなくとも、僕たちは唇を重ねた。
 接吻した。
 僕の頭の中が真っ白になった。
 何かとてつもない熱いものが、しどしどと足まで伝わった。
 二人はまるで、一分の隙もなく完璧にうまくかみ合っている、二つの歯車のようだった。
 快楽のための接吻ではなく、互いに溶け合っていくための接吻、溶け合って、さらに深く結びつこうとするための接吻だった。
 とってもしあわせだった。
 しばらくして僕たちは上半身をわずかに離し、夕闇の美しい明かりが照る中、互いの顔をまじまじと見つめあった。その時のきれいな反射は、反射波のように僕の中に熱く渦巻いていたものを取り残しつつ、それは、宙に浮き、そして、幸福な、満ち足りた穏やかさの中に溶けて込んだ感じだった。
 Reflexion。
 この時の情景は、まさに、小池真理子さんの文体そのもののを一部改変2, 3)して思える出来事だったのだ。そして同時に、なぜこんなに素敵な文章が紡ぎだせるのだろうか。そう、思えた。
 経験値の違い。国語力の違い。それとも才能の違いなのか。いずれも違うように思え、いずれもそうであるかのようだった。
 僕はいささか嫉妬している。自分のふがいなさに、比べようもない途方もない頂きに、目がくらんだ。

1) https://dic.nicovideo.jp/a/バフォメット (閲覧2020.11.26)
2) 小池真理子: 瑠璃の海. 集英社. 2017.
3) 小池真理子: 冬の伽藍. 講談社. 2002.

 
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