No.1882

題名:一向に動かない牛
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1881の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 テーブルに届いたハイネケンで僕たちは乾杯した。そして、ゆっくりとメニューを見直し、店員さんを呼んでお互いに注文した。「「ペペロンチーノとタコのカルパッチョ…」」っといったとたん二人で顔を見合わせた。本当にタイミングがよく似ている。店員さんいささかびっくりして「えっ、っと、一皿でしょうか」と問うた。再び僕たちは、「「二皿お願い」」とまた同調する。本当に息がぴったりだった。僕たちは通じ合っている…。
 その後、僕は「クミちゃん、誕生日おめでとう」と伝え、さっき買ってきた一輪の赤いバラの花を渡した。何の花がよいか知らなかった僕は、「とりあえずこれでどうでしょうか」と店員さんに勧められたバラだった。
「ありがとう…。うれしいな。タケヒサさんは、赤いバラの花ことば、知ってる?」
「知らない」
「熱烈な恋っていうんだよ」
「熱烈…」
「うん、そう」
 その時のクミちゃんの微笑みは明らかに社のフロアにいる時とは違って、僕だけのための微笑みをした。その微笑みに僕は(そうだ、僕はクミちゃんに助けられた以上に、お互いに恋している)という確信を得た。
 その時、ようやく僕も実感した。頭の中の妻が言った通りかもしれない。
(彼女もあなたのことを好きになりかけているの。それが、分からないの…)と。
(今、分かった…)
(…そうなの…)
 その後、頭の中の妻はプイっと後ろを向き、僕にもう何も答えなかった。もう動かなかった。そこからどれだけ手綱を引っ張っても、梃子を利用しても、もう、とそこから一向に動かない牛。牛…。なんで牛。もうもうもー。そんな素振りだった。
 この時、すでに、僕の、人生は、後戻りできなくなっていたことに気づいた。
「タケヒサさん。来週の週末、時間開いているかな?」「暇だけど…」
「わたしと旅行…、じゃなくて、仕事で調査に行かない」「どこに?」
「温泉」「温泉に、仕事?」
「そう」「温泉に?」
「うん、ほらっ、わたしたちの会社でも最近、温泉地のキャンペーンが増えているでしょ。それで」
「…うん、分かった。仕事だよね…」
「うん、二人だけの仕事…」
「それは、楽しい仕事…だね」
 その言葉にクミちゃんは、うんうんと、頷いていた。
 そして、ハイネケンによって二人の恋を加速するかの如く、酔いが増していた。店内にはBrian CulbertsonのTogether Tonightが流れている。僕たちは手を握り、お互いに見つめ合った。そして、そのままごく自然に唇を重ね合わせた。唇はほのかににんにくの香りがしている。それは恋している二人の、香りでもあった。

 
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