No.1876

題名:そこで死んでいたんだ。
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1875の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 出張先からの帰り道、電車のホームで橋の上で、様々な場所で誘惑にかられそうになった。線路からDead Manが手招きをし、川面からはDead Manがこちらをじっと眺めていた。
 くそ、うるせーわ。おめえわよー。
 と、僕はあの時、心の中で憤慨した。それはとりもなおさず自分の世界を取り戻すための呪文でもあった。でも、本当は、僕の心は相当のダメージを受けている。今日一日、とてつもなく長く、そしてかぎりなくブルーだった。ダメージのヒットポイントがほとんど0に近づいていた。
 僕は、この世から消えることを考えてみた。Dead Manは喜んで僕を迎え入れるに違いない。仕事って何だろうか…。僕の存在って何だろうか…。生きているって何だろうか…。
 地下鉄から降り、会社近くの橋のたもとの河原ブロックでとりとめもない考えごとをしていると、川から僕にこっちへこい、と、高笑いするDead Manらが見えた。なんだかいい世界のようだ…。Dead Manの世界に行ってみよう…。無意識にふら~と足がWalkingした。
 カラカラ。
 足元に何かが当たった音がした。ハッとして我に返り足元を見ると、緑色の空き缶が転がっている。ハイネケンの空き缶だった。

(…。飲んでから死ぬのも悪くない…)
 僕は完全に理性が戻っていた。近くのコンビニまで行き、350mlのハイネケンを買った。再び河原ブロックに腰を降ろし、ぷしゅと開けた。そしてハイネケンをぐびぐびと飲んだ。
「ぷはぁ」
(生きているってことも、悪くはない…)
 川面から誘っていたDead Manらの姿は、もうそこにはなかった。きらきらと輝く水面を見ていると、心が落ち着いた。水面ってこんなに綺麗だったっけ。僕はそのままそこで横になった。脇には、一輪の花が咲いていた。クミちゃんの微笑みが浮かんだ。社に還ろう。帰るのではなくて、還るのだ。僕自身を。

 少しほとぼりが冷めたところで、僕は社に戻った。
「タケヒサさん、お疲れさまでした。出張はいかがでした」
 クミちゃんはさっき河原でみたあの花のように、僕を迎えてくれた。この時、ようやく僕には還るところが見つかった気がした。今がいいきっかけかもしれない。僕はクミちゃんを食事に誘ってみた。なんといったかは詳しくは覚えていない。とにかくクミちゃんと一緒にいたい、そう必死で伝えたことだけは覚えていた。僕は、君にとって一凛の花のように素敵な存在なんだと。
「はい」
 クミちゃんからOKがもらえた。妻になんて言おうか、なんてことはすっかり頭にはなかった。僕は一度、死んだんだ。あの河原で。ハイネケンが一輪の花が居なければ、僕は間違いなくそこで死んでいたんだ。

 
pdfをダウンロードする


...その他の研究報告書もどうぞ