No.1873

題名:ストローな気分
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1872の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 そのまましばらく妻としゃべりながら、「ふぁいねけん、にみふぁい」と伝えた。「だめでしょ、今は」と妻にいわれたが、「しゅとろーで、ちゅちゅうとゆっくりのむひゃら」と伝えた。「しょうがないわね、じゃあ、仕事帰りにかってきてあげる」と妻はいってくれた。
 これで、今日一日の入院生活に新たな楽しみが増えた。夜になればハイネケンがちゅうちゅうできる。長い人生でハイネケンのストローな試みは初めてだった。どんな感じだろうか、ちゅうちゅうすると。その想いを馳せ、僕はストローな気分に意識を集中させた。入院生活も悪くない。新たな発想が生まれてくる。おぎゃーおぎゃー。その産声にじっと耳を凝らし、そして僕は赤子を抱きしめた。悪くはない。入院生活も。
 「じゃあ、仕事行ってくるね」。そう言い残して、妻はすすっと部屋から去った。
 去った後、部屋の中には、僅かながらの不穏な空気が流れた。先の産声がこの時点でかき消された。この不穏な状況は、何と言えばいいのだろうか。
 今、僕の視線に入ってくるのは、針ポッたな魔法使いのみ。ポッた、ポッたと魔法使いは流れ、僕の腕に、針を通じて魔法が染みてくる。でも、その魔法が染みても、部屋に横たわっていた不穏な空気は留まったままだった。入れ歯にはシュミテクトかもしれないが、趣味てくとな状況のまったくない部屋には、何とも味気ない空気が漂う。それを今、実感していた。
 ふぉーん。えっ…そうして間違っていたことに気づいたのだ。シュミテクトは入れ歯ではなく、歯磨き粉だったな。じゃあ、入れ歯は何か。頭を振り絞り、見事に思い出した。
 ふぉーん。ポリデントだ。入れ歯洗浄剤、ポリデント。いつの日かお世話になるかもしれない、そのポリデント。ポリデントってどう使うんだったけな…。
 コンコンコン。
「タケヒサ・ダリオさん、おはようございます。今朝の血圧を測りますね」
 あの新人マークのついた看護師さんが現れた。昨日、夢で僕の腕を圧迫したあの看護師さんだった。
「今日一日担当します。宜しくお願いします」
 今日の測定は圧迫されなかった。その新人の看護師さんもいささかほっとした表情を浮かべている。
「特に問題ないようですね。お体の調子はいかがですか?」
「なんしゅもないでしゅ」
「でも、タケヒサさんの下の名前。珍しいお名前ですよね。ダリオって…。何かいわれかあるのですか…?」
「ない。しいていへば、なじゅけたうちのオヤジュが、もうたふぁいしたオヤジュだけぢゅおも、そのオヤジュがしゅきだったイタリアのえいがきゃんとくのダリオ・アルじぇントから来ているみたい。でも、ふぇんななにゃまえでいいめいわくにゃ」
「ダリオ・アルジェント…?」
「しょう、しょのダリオ」
「へー、そうだったんですねー」
と納得しながら、その看護師さんはダリオ・アルジェントのことを全く知らない。そう顔に書いてあった。

 
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