No.1823

題名:すべてが欲望
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1822の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 ダン・ダオッコ博士は、仕事に対してはいつも厳格な対処で臨んでいた。今回のツキオの実験に対しても、自分なりの研究者としての勝算があると見込しての実施であった。ただ、思ったよりも新たな記憶装置のシンクロ率が異常なほど高くなり、それ自体は実験の偉大な成功でもあった。が、一歩間違えるとツキオくんは廃人になっていた。若干の変化を除いては…。
 ダオッコ博士は、改めて記憶操作の難しさに痛感させられた。でも、何はともあれ、ツキオくんの記憶のキーが見つかったことには間違いない。
 白いドラゴン。
 それ自体が何を意味するのかは、ツキオくんの経験による。でも、このキーをもってすれば、そこまで至った経験の、記憶の多くの謎を、現在保存されているデータを介して開くことが出来る。ダオッコ博士は、密かに喜んでいた。刑罰に値しなかったのは幸いであったが、ここまで記憶のキーを引き出すことが出来たのは、研究者としての初めての経験でもあった。実験自体は、大成功とも言える。
 保存されたデータを、キー:白いドラゴン、として検索すると、驚くほど様々なデータが得られた。ツキオのキーコとの出逢いの感情から、その後の経過、そして、キーコの存在が失われた時まで、つぶさに観察することが出来た。ダオッコ博士は、その一部始終を、ツキオの経験の背後にある構造を取り出すことを目差し、了解可能で共有可能な構造を取り出すことに時間を費やした1)。
 他人の人生経験を覗くのは、悪くはない。むしろ、それが自らの、研究者としての、精神性を鼓舞する。
 そうして、他人の生活を、その他人の本当の姿を、本当の癖を知ることで、私とは違う、そのすべての世界を把握できたかのように思える。それは、いうなれば、私は、ツキオを制覇した。そうだ。私は、ツキオの女王様。そう思いつつ、データの解読の一挙一像に対して、ダオッコ博士は興奮を覚えた。
 すべてのSとMの世界は、肉体だけでは起こらない。そこに、見えない精神的な、互いの暗部を共有することで成り立つ世界。ダオッコ博士は、データ上でも限りないツキオの血を啜ることでその興奮を味わった。

(ツキオ。私は限りなくキーコを再現して見せるわ。そして、そこに、キーコの精神に、私自身のものも含めるのよ。ふふふっ)

(それは、キーコと私の融合。素敵でしょ、ツキオ)

(でもね。世の中、そんな聖人君子な人なんていないのよ。キーコさんもそう。私もそう)

(だから、あなたには本当のことを教えてあげる。世の中の皆は、すべてが厭らしいの。綺麗なんてものは、ない。その背後は、すべてが欲望なのよ)

1) http://jahp.wdc-jp.com/conf/31st/program/contents/pdf/HO04.pdf (閲覧2020.9.6)

 
pdfをダウンロードする


地底たる謎の研究室のサイトでも、テキスト版をご確認いただけます。ここをクリックすると記事の題名でサイト内を容易に検索できます。



...その他の研究報告書もどうぞ