No.1521

題名:思考の画一化への画一化的な警告
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1520の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 思考の画一化は誰しもが起こる問題であり、それでいて、誰もが起こらない問題でもある。あーしろ、こーしろと、紋切り型の思考でもって、その個人の成長を遂げたであろうならば、やはり思考の画一化が起こりやすいのはやむを得ない。すなわち、自分にとって、そのやり方が、消極化されたであろう、自分が考えるやり方の範囲を逸脱すれば、必ずしも、その人はこう思うに違いない。「そのやり方は、おかしいんじゃないと」。でも、考え方を改めれば、あるいは、多様性を容認できやすい人にとっては、そこに多様性はあるのでは、と実感する。できようか。そう、「あれっ、答えは、一つではないんじゃないの」と。しかしながら、おうおうにして、画一的な考えを持つその人は、年齢とともに、あるいは、その育った環境のもとに、さらに思考の画一化が翻弄され、ある思考が、自身の経験からの、そこから逸脱すれば、したとなれば、「こいつは間違っている。俺の考えから間違っている」と判断されてしまう。
 なんてことない。思考の、紋切り型の思考の、そこから導き出された答え。それが「こいつは間違っている。俺の考えから間違っている」である。こいつというような、相手をさげすむ言い方ではなくとも、「あなたは間違っている」と思うことも、その人なりにはあるに違いない。だからこそ、その発言が、当たり前となるのだ。そういう人に限って、そう、言いくるめる、言いくるめたい、そのような人も少なくはない。ただし、だ。何が間違いで、何が正しいのかは、(あなたの価値基準で判断できるものではないだろう)。もっぱら聞く側にとっては、そう伝えたい。それが、本心。だからこそ、そんな画一化な思考を持つ人、その人自身が年をとると、やっかいな経験にあなた自らが縛られていることに、「あなたは気づいていないんじゃないの?」。それは、ある意味、サンプル的な、画一的、社会的、新しい価値基準の、縮小化でもある。だからこそ、きっと、Pixtalia Yoko Merameが、おやっさんの嫁である、佐久間由衣ではなく、佐久間由比さんである、と柔軟に思いたい。思わざるを得ない。僕が、僕が、彼女を昏睡に至らしめたかったわけではない、と警告、したいはずだ。

「ガエールくんな。正直なところ、時々、嫁が、失踪した嫁が、時々な、ある男にたぶらかされた、と思うこともあるんやで。なんてったって、嫁が戻ってこなくなってから、もう十数年も経ってるんや。ロンドンで失踪してから。でもな、おっちゃんの嫁は、ほんにかわいい嫁やったんやで。確かに年は離れていたけんども、ラーメン食べとる嫁は、ほんにかわいかったで(図)。そんでな、嫁と誓った猫ラーメンの店の夢は、おっちゃんにとっては、永遠の夢やったんや。だから、嫁が、帰ってきた嫁が、がっかりせんように、丁寧にラーメン作ることが、おっちゃんに残された唯一の夢、なんやで。でもな、ガエールくんが、うちの従業員になってから、おっちゃんとしてもラーメン作りが楽しいでなー。なんか、

図 かわい1)

こう張り合いがあるで。ガエールくんには、感謝しとるわ」

1) https://www.pinterest.jp/pin/838936236815346381/ (閲覧2019.12.21)

 
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