No.1252

題名:「波戸や旅館」における夏のある日のこと
報告者:ダレナン

いつかは語らなければならないと思っていた。あの時のことを。
そこで、ここで、段階を経て、あの時のことをそっと語ろうと思う。

それは、暑い一昨年の夏のある日のことであった。私と彼女はある一軒の宿に泊まった。
その宿は、豪華なホテルでもなく、老舗の旅館でもなく、いわゆる民宿と呼んでもおかしくはないであろう、一応、旅館と銘打たれた宿であった。しかし、その外観は、まさに民宿然としており、宿泊の上では旅館として区分されていたものの、どう見てもただのぼろ民宿でしかなかった。

「えー、こんなとこに泊まるの。嫌だな~、なんか出そうな感じ~。」
「仕方ないじゃん。他に、この近辺には泊まるとこなさそうだったし。それに、ここかなり安いし。割り勘でも相当に浮くよ。その代わり、レジャーに金をかけることになったんだろ。」
「まぁ、そうだけど…。でも、やっぱ、ちょっと気味が悪い。」

その民宿然とした宿には、表向きの看板には「波戸や旅館」と書かれていた。玄関先には誰もいなかったが、玄関の戸には「お泊りの方はこちらの戸を開けて、中のものを呼んでください」と書かれてあった。
がらがら、がつん。がっがっ。玄関戸の建てつけも、相当に古めかしくぼろであった。

「ごめんくださーい。今日、泊まる坂田という者ですが、どなたかいらっしゃいますか?」

何も音が聞こえなかった。そこで、もう一度大きな声で呼んでみた。しばらくすると、奥の方から、腰の曲がった老婆がこちらに向かってくるのが見えた。最初は、暗がりの中だったためか、宿のちょっとおどろおどろしい雰囲気と重なり、少し怖く感じた。しかし、その老婆が近くまで寄ってくると、笑顔の素敵な田舎のおばあちゃんという感じであった。

「あー、坂田さんね。お待ちしておりましたよ。こちらへどうぞ。」

(意外と、優しい感じのおばあちゃんじゃない。よかった~。ちょっと安心した。)
部屋につくなり、彼女は、ほっとした様子で、僕の耳元でささやいた。

「それでは、今、お茶をお持ちしますね。」

しばらくして、そのおばあちゃんは、透明な瓶とお茶碗2つを運んできた。どうやら、その瓶の中にお茶が入っているようであった。しかし、見た目にちょっとグロテスクな色をしていた。赤紫色とでもいえばよいのだろうか。お茶として、かつて見たことがない色だった。

 (続く?)

 
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