No.1251

題名:迷宮的に、こん・がら・がる
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1250の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 もうすぐで完成と言うところまでこぎつけ、そうして上書きを試みる。すると、その際のクリックにおいて消失するファイルは、もはやもとには戻らない書き直しといった事態にも遭遇し、その遭遇はアブダクションされたが如く、五徳に重ねて火をたく行為と似ている。すると、どうであろうか。銅の鍋は、伝導率がよく、感性的に銅は効率がよいように思える。しかしながら、その効率の良さは、次々と繰り出すその無い様の内容のように耳を貸し、そのたく音をそばだてて聞く。しゅーっと煙を上げ、気化するそれは、文章の支離滅裂へと導かれ、それによって、様々な語句のつながりが分散し、再び、読み解くことも困難となる。それは、誰でもが認める同じ現象である。文章をなだめるために、名探偵コンナンとして、改めて、日を改めて、読む思いにかられるに違いない。しかしながら、果てなき欲望は、はてな気な欲望と類似して、意味から意味へと無味的な乾燥に、感想する。そうして、出来上がった料理に味はない。塩を入れ忘れて、いたことに、気づき、銅の鍋をも身で焦がしてしまう。あー、やっぱり。こんな風に文章化しているのは、頭の中の幾何が、気化している証拠でもあろう。構造体をなしていない。分かろうとしても…、である。
 初めてのことであった。その時の想い出は、空洞化しながら、無意味と有意味の間を行ったり来たりして、ループするようで、まったく覚えていない。きっと、その時、これを読んだとき、その人は、こう思うに違いない。あなたは、「何を言いたいのか」、「何の意味があるのか」。すると、その時、そのセリフの後で、こう伝える。「ここにあるのは、ただの語句のつながりであって、言いたいことも。意味もありません」。詮索しても、その頭の中は、永遠につかまらない犯人と同じで、やがて迷宮入りするであろう。その迷宮的な心理において、語句は迷路と化し、コンが借る。いや、コンが借るではなく、紺がかる、いや、こんがらがる。こん・がら・がる、よくよく考えると、そのこん・がら・がる、は不思議な要素を秘めている。懇でもあり、紺でもある。「こん」から、「がら」のようで、次に続くのは、「がる」である。まさにその様子は、青に秀でて青にいでしだ。いや、青は藍より出でて藍より青し。きっと、近づくと、吸い取るように命を奪う。鶏がらと化した文章なのに、である。ただし、そのしたためた成果は、後になって見返すと魅惑的に違いない。その根拠は、記述において、考えたからではなく、感じたままだからだ。ソフティでも、はっきりとして、その面影が連続的に身を焦がすかのように浮かび上がる(図)。これがe-Motion(No.1250)として、すべてがマ

図 ソフティさん1)

イナス電荷を帯びた電子的、かつ、有機的な文章として、感情的には、何かしの解読したい欲望にかられることにもなりかねないに違いない。

1) https://www.pinterest.jp/pin/308989224427389387/ (閲覧2019.5.31)

 
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