No.1198

題名:嘘
報告者:ダレナン

「ねぇ、今年の夏も海へ泳ぎに行こうよ。」
まだ冷たい海の水に素足をつけながら、彼女は言った。

「いいよ。ここでいい?」
「そうじゃなくて、あの、なんて名前の海だったかな?」
「○○?」
「違う。」
「じゃぁ、△△かな。」
「そう、そう、そこ。あっ、思い出した。□□もいいよね~。ほら、2年ほど前にいっしょに行ったとこ。」
「えっ、僕はそこに行ったことないけど…。」
「そうだっけ…。」

図 冷たい海の水に素足をつけて1)

そうして、彼女は、軽く舌を出した。嘘がばれると、いつものように軽く舌を出す。そのしぐさがいつも以上に可愛かった。
別に、他の誰か、たぶん僕以外の彼と□□へ行ったとしても、不思議ともう落ち着いていた。それよりも、僕は、もっと大きな嘘を、彼女についている…。そう…

「ここ最近、元気ないけど、仕事でなんかあったの?」
「いや、別に。」
「ふ~ん。でも、いつもより元気ないね…。」

この前、急に、妙な背中の痛みがあったことから、病院を軽く受診した。たぶん、何にもないだろうと思っていた。それ以外はすこぶる体調がよかったし。

その時、宣告されたのだ。「君は若いからあえて伝えるけど、余命はあと3か月くらいかもしれない。…」。それを聞いた途端、目の前が真っ暗になった。その後の話はまったく覚えていない。受診前までは、今週末に彼女と海に遊びに行く計画で、喜んでいたのも、つかの間、人生の奈落の底に突き落とされた。
この事実を彼女に伝えるべきか、伝えざるべきか。

きらめく海を眺めながら、僕は勇気を出してそのことを彼女に伝えることにした。

もう夏まで待てないからだ。

1) https://www.pinterest.jp/pin/796292777838703335/ (閲覧2019.5.10)

 
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