No.1170

題名:口唇を触っていた記憶の底でのアンドロイドの面影
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1169の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 時として、どうでもいいことを思い出す。それが記憶のシステムなのであろうか。その時は、単純に記憶していない、あるいは、記憶として留めておくに足らないことでも、何かの拍子にふと思い出す。それは、その時(たぶん、記憶した時)は、まさに取るに足らないどうでもよいことであったりする。なぜ、記憶がこのように、自分の意識化とは異なって、妙に記憶として残されていたのであろうか。
 例えば、である。それが、とある人の仕草であったりする。それが、その人と、恋仲であったかは別として、意識しない記憶の底に残された記憶は、ふと、ある何かを、きっかけとして、脳裏に浮かんでくる、その姿は、何万年も海に沈没した船が、ある時をもって、急にそのありかが発見され、全貌が明らかとなったような感じでもある。
 そう、間違いなく、あの時、彼女は、口唇を触っていた(図)。
 それをふと思い出す。その想い出しは、自らの意志とは別に、

図 口唇を触る1)

ふとと思い出す。それをもって、自分の中の何かが変わる。その記憶は、ただの思い出しだけではなくなる。それは、

「僕は、彼女に対して、特別な、あるいは、特別すぎる感情を、抱いていたのだ。」

という認識にもつながる。その記憶はいつしか「Memories of Green」にもつながるのかもしれない。そこでのPianoの感動は棚に置いて、単に視聴して喜ぶとともに、自分がやがてアンドロイドのNEXUSに生まれ変わったとしても(先の報告書No.1169も参照)、Androidを開発したアンディ・ルービン氏も、「Memories of Green」に対する記憶は残してくれるかもしれない、という期待もその演奏からは抱かせる。神さまは信じてはいなくとも、アンドロイドの女神、レイチェルに対する想いは、そこにプログラミングされている、そう信じたい。Love Themeは、ヒト、アンドロイド、問わず、普遍的なプログラミングなのであるに違いない。そのプログラミングは、両者に通底する面影として存在する。

1) https://julielilac.tumblr.com/post/175578380053/jodie-whittaker-as-one-of-the-faces-of-the-shadow (閲覧2019.4.28)

 
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