No.1155

題名:輝ける表象をカラス似て
報告者:ダレナン

 こころの中をのぞくと、互いに葛藤する想いがある。それは、AかBかという選択でもある。その、ある時における二択は、常にこころのうちの表象を示している。それは、輝くのか、あるいは、影に偲ぶのか。しかしながら、その時に、感じる想いは、誰の耳にも届かない。結局は、自らがのみ知る事実である。
 知るということは汁に似て、流れつつ、その勢いは留まることを知らない。汁なのに、知らないその想いは、まったくもって何も流れない。やがて、その時が来るのか、来ないのかは、神しか分からない。紙しか分からないのは、神しか分からないのと同じ、明らかなる感じの誤変換なのであろう。ただ、それでもって、人はいつも何かにつけて、理由を見出す。そうすることで、安住を得たいのだ。神に誓って。
 「アホ―、アホ―」と鳴くと鳥は、カラスであった。としても、そのカラスから得られた気持ちは、ガラスのように己がこころに響き、今まさに割れんとするその想いは、強化ガラスとしてのGorilla Glassよりも、相当にもろい。2018年12月13日に、Corningの日本法人がGorilla Glass 6の技術説明会を開催したが1)、それに対して興味を示すのは、一部の人に限られる。多くの人にとって興味があるのは、今晩のごはんは何にしようか、あるいは、彼・彼女は自分の事をどのように思っているのであろうか、ということだけであり、その気持ちは、Glassも、カラスも理解できない。ゴリラにも理解できない。しかしながら、本当のところは分からない。意外と、カラスもゴリラも恋心を理解しているのかもしれない。そういえば、少なくともカラスは結構頭が良いと聞く。ゴリラも人に近い類人猿である。そう思うと、カラスとして、自分の気持ちが飛び立てないのは、カラスよりも随分と進化の上で劣っているからなのであろうか。カラスなら、自らの恋心を満たすべく、そこで羽ばたくに違いない。カラスの気持ちはいつもその体(テイ)と同じく、真っ黒で真っ白なのだ。
できれば、次は、カラスとして生まれたい。生まれ変わって、あなたに羽ばたきたい。そこには、自らの意志がある。社会的なしがらみに、ヒトの縄で緊縛され、そのSM的な状況は、カラスには関係ない。そう思える。
何が言いたいのか。ここでふと我に返る。
 そこで、ちょっとは、カラスの気持ちになってみようか。
 「あほー、あほー」。いや、カラスは、「アホ―、アホ―」と鳴いていないぞ。「カー、カー」ではないのか。擬声語で表すと。
 ぞうだったね。夕日に照る君の輝ける表象を眺めながら、「カー、カー」と納得しながらも、「あほー、あほー」と頭で鳴り響く。その響きは、例え、あほであっても、アホー的な恋心で、あなたへの想いとも似て。

「あほー、あほー」

図 夕日に照る君2)

1) https://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1812/13/news121.html (閲覧2019.4.20)
2) https://www.pexels.com/ja-jp/photo/1168744/ (閲覧2019.4.20)

 
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