No.1034

題名:愛とお金と、お金と愛と、
報告者:ナンカイン

 お金はモノに作用する。報告書のNo.881でも示したように、有形する物として、漢字による”物”、もう一つは無形、実在しないが精神的(概念的)な物として、ひらがなの”もの”とすると、お金では物が買え、その物が充足したならば、モノとしてこころも満たされる。そして、カタカナの”モノ”は、有形と無形を繋ぐ。しかしながら、お金自体は、モノであり、硬貨や紙幣では物になるも、電子マネーではモノとなる。これも以前示した通りであり、お金自体の実態は、あるようでない。その価値だけがそこに存在する。起源を辿れば、お金は、おかね、である。そのことから、その扱いを間違えると、おっかねーことになる。
 一方、愛はこころに作用する。こころに作用することから、愛は目に見えるかと問えば、むろん見えない。さらに、こころも見えない。電子マネーがものに作用する、すなわち、電子マネー・ものとの両者の縛りで、電子マネーにこころを囚われし、モノを操作するが如し、その状況と同じくして、愛・こころの両者とも目に見えないことから、こちらもその扱いに縛られると、とんでもねーことになる。
 けだし、愛はお金で買えるのであろうか? あるいは、お金は愛を欲するのであろうか?
 テモテへの手紙 第一の6章10(1 Timothy 6:10)には、こう書かれている1)。

For the love of money is a root of all kinds of evils. It is through this craving that some have wandered away from the faith and pierced themselves with many pangs.
(お金への愛はあらゆる種類の悪の根源です。 この渇望を通して、信仰から離れ、多くの憤慨を抱いた人たちがいました。)

このことから、お金が欲しているのは、愛、ではなく、信仰、である、ことが示唆される。それでは、信仰(the faith)とは、なんであろうか。
 faithの語源を探ると、L.fidere = to trust(信用する)2)、となり、これが語源となる他の語に、affianced(婚約した:engaged)、fealty(忠誠:臣下が領主に誓う)、confidant(腹心の友:何でも打ち明けて話せる)、fiance(婚約者(男性))、fiancee(婚約者(女性))などがある2)。
 これらから類推するに、お金が欲する信仰は、信仰を欲する愛(engaged)となる。この考えを仮に図で示すと、図のようになろうか。この信仰が、お金か、もしくは、愛に貼り付くことによって、その人のこころも変わる。シンコールは、カーテン・クロス・床材・ファブ

図 愛とお金と、お金と愛と、そして、信仰

リックなどを扱う国内最大級のインテリアメーカーであるが3)、信仰の貼り付く先は、愛、でなければ、こころの装飾(interior of heart)も、シンコーるできないに違いない。

1) http://restorationarlington.org/2014/11/do-you-love-money/ (閲覧2019.1.16)
2) https://eigogen.com/word/faith/ (閲覧2019.1.16)
3) http://www.sincol.co.jp/ (閲覧2019.1.16)

 
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