No.936

題名:情動の神経回路とオペレーティングシステム
報告者:ダレナン

 情動は感情と似ているも、正確にはやや異なる意味を持ち、英語でも情動はemotion、感情はfeelingという風に使い分けされている。また、気分moodという用語もあるために、その辺において混乱を招きやすい。正式な情動の意味は、文献1)を引用すれば、「生態が外部から刺激を受け取り、身体内部(中枢および末梢)に変化が生じ、それが原因で生態に行動を起こさせるような心的状態」となる。これからも明らかなように、動き(motion)を生じさせる(e)ことを、語源として、一過性の心的状態が情動となる1)。一方、感情は、例えば、ある人が「逃げる」などの情動的な行動をとっていても、その人が必ずしも「怖い」などの情動ではないこともあり、あくまでも、感情は主観的にその人が感じている心的な情動状態のことを指す1)。ただし、情動のない感情はなく、ヒトは、複雑な感情を有していても、情動からは逃れられない。コンピューターで言えば、さしずめOS(オペレーティングシステム)のようなものが、情動に相当するのかもしれない。OS自体はソフトウェアであるが、ハードウェアに寄り添うソフトウェアという点で言えば、半ばハードウェアのようなものでもある。そこで、ここでは、情動の神経回路を探ることで、OSとしての情動について迫りたい。
 ヒトの情動の神経回路を図に示す。図にあるように、アメリカの神経解剖学者のJames Papez博士によって感情における脳内の神経経路が同定され、それをPepezの情動回路とした。その回路にあるのは、図の太線で示すように、海馬体(記憶に重要な回路)、乳頭体、視床前核、帯状回が主な部分となる。Papez博士によれば、大脳皮質の影響は帯状回から海馬体へ、次いで乳頭体へ、さらに視床前核へ、そこから帯状回に戻る閉回路として情動が起こると提案した2)。その後、アメリカの神経科学者であるPaul Maclean博士によって図の点線の回路も追加され、

図 情動の神経回路2)

このシステムを大脳辺縁系としてまとめられ、今では大脳辺縁系が情動にとって重要な経路であることが明らかとなった。その大脳辺縁系に備わっている機能が、ホルモン系、自律神経系、体性運動系の効果器を介した情動の表出であり2)、図でも分かるように記憶の座でもある海馬体とも密接に関わっているために、一旦、情動が記憶、学習されると、刺激がなくとも情動反応が起こりうる2)。
 OSの中でも中核部分として働くソフトウェアをカーネルと呼ぶが、このカーネルはハードウェアのCPU、メモリ、ハードディスクなどの仲介をしている3)。さらには、プロセス管理、空間管理、時間管理、割り込み処理、ファイルシステム、ネットワークもカーネルが重要な役割を果たす3)。もし仮に、ヒトが一旦、妙な具合に情動の記憶、学習されると、同じく妙な情動反応が意図せず表出される。その情動反応の表出は、頭の働きをにぶらせたり、記憶をゆがめたり、自己の管理もままならない壊れたコンピューターの状態へと移行させる。やがて、外部のヒトとのネットワークも途切れる。情動とは、結局は、ヒトのカーネルかもしれない。

1) 梅田聡: 情動を生み出す「脳・心・身体」のダイナミクス: 脳画像研究と神経心理学研究からの統合的理解. 高次脳機能研究 36: 103-108, 2016.
2) 佐藤昭夫: 大脳辺縁系と情動. 人間総合科学 5: 159-169, 2003.
3) https://qiita.com/tatsuya4150/items/f830c9b2ae33275aef42 (閲覧2018.10.16)

 
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