No.2985

題名:今日のストーリーは、「高架の上で心咲く」
報告者:ダレナン

いつもの何気ない日常に、ふと心の花が咲くことがある。
そう、あれは先日の帰宅途中のことだった。

いつものように高架を歩いていると、なんだろう、自分でもおかしいぐらいにときめきました。
いつもの同じような時間なのに、こんなに素敵な人が歩いていたなんて。そう、恥ずかしながら思いました。

その人は、やわらかな夕暮れの光の中にいた。
空は茜色と群青の間でゆっくりと溶け合い、街全体が静かに一日の終わりを迎えようとしている時間。
風が少し強くて、前髪が顔にかかるのを、何気なく指でかき上げた――その仕草に、なぜだか心が奪われた。

すれ違う瞬間、目が合った。
一瞬だったのに、時間がゆっくりになったようで、胸の奥に小さな波紋が広がった。

それから数日、同じような時間に同じ道を歩いた。
不思議なことに、その人は、またそこにいた。
そしてまた、目が合った。

今度は、ふっとお互いに軽く会釈をした。
ただそれだけのやりとりが、思いがけず嬉しくて、少し照れくさかった。

次の日も、やはり目が合った。
そして、今度は小さく「こんばんは」と挨拶を交わした。
その声が思いのほか自然に響いたのが嬉しくて、心の中で何かがぽっと灯った。

何日かそんなやりとりが続いた。挨拶だけ、でも確かなやりとり。
それが少しずつ、じんわりと胸の奥をあたためていった。

――そして、数日後。思い切って話しかけてみた。
「こんばんは。この道、よく通られるんですね」

その人は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく笑った。
「はい。帰り道なんです。あなたも……?」

その声は、思っていたよりも落ち着いていて、でもどこかあたたかかった。
それから少しだけ立ち話をした。お互いの帰り道の話、コーヒーの好み、最近見た空の色の話。

まるで、ずっと昔から知っていたような、そんな不思議な気持ちになった。

そして、ふとその人が言った。
「私も最近、あなたを見かけて気になっていたんです」
心臓が一拍、早く跳ねた。

――風が吹いた。
春でもないのに、どこか花の香りがした気がした。

それは、きっと。
心の中に、またひとつ、花が咲いたからなのかもしれない。

 
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