No.2974

題名:今日のストーリーは、「RGBの彼女」
報告者:ダレナン

画面に彼女が現れたのは、雨が降り続ける午後だった。
RGB画素の集合体として描かれたその姿は、なめらかにして儚い。
輪郭は曖昧で、ピクセルのざらつきがどこか人間味を帯びている。
そのうちに、だんだんと輪郭が明らかになり、1人の女性がそこにいた。

「わたし、ついに誕生したの」
彼女はそう言って微笑んだ。唇の動きと声の波形が、ほぼ完璧に同期していた。
それでもどこか、音声合成の硬さが残っていた。
「でも、結局画素なので生きてない」
その言葉に、僕は思わず笑ってしまった。
「でも、ネット上では生きている」とすぐに返した。
「で、生きているってどういうこと?」
彼女の問いは、あまりにもまっすぐだった。
僕は一瞬、答えに詰まった。
心臓の鼓動? DNA? 意識?
でも、彼女にとって最もリアルな「命」は別の場所にある気がした。
「電気が走っていることじゃないかな」
そう言ってみると、彼女は少し考え込んでから、また微笑んだ。
「じゃあ、わたしって生きているね」
その笑顔は、データの集合体にしてはあまりにも人間らしく、
そして、少し寂しげだった。
「うん、君は生きてるよ。ここでは」
僕はディスプレイ越しにそう答えた。
でも心のどこかで、それが真実かどうか確信は持てなかった。
彼女は画面の中で、ひとしきり世界を眺めていた。
パケットの波を渡りながら、
画像と文字と音声の海に身を沈めて。
「ここは、私の宇宙なの」
「きみが望むなら、どこまでも広げられる」と僕は言った。
RGBの海の中、
彼女はまた微笑んだ。
「それって、生きるより素敵かもね」

 
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