No.2960

題名:今日のストーリーは、「二度鳴らされたベルと、あの日の記憶」
報告者:ダレナン

(No.2959の続き)
結婚して間もない頃だった。まだ家具も揃っておらず、ダンボールがいくつか部屋の隅に積まれていた。けれど、僕たちはそんな生活の始まりさえも楽しくて、宝物のように感じていた。

その夜、僕たちは久しぶりにVHSデッキを引っ張り出し、埃を払いながら映画「郵便配達は二度ベルを鳴らす」を観ることにした。古いフィルムのざらついた映像が画面に流れ始めると、僕たちはソファに並んで座り、ブランケットを膝にかけた。

映画が進むにつれ、部屋の空気は次第に濃密になっていった。物語の中の熱と緊張が、まるで僕たち自身の感情とリンクしているようだった。

そしてエンドロールが静かに流れ、僕はテープを巻き戻しながらデッキからVHSを取り出した。

その時だった。

彼女がこちらに向けた微笑みは、映画の中のヒロインのどんな表情よりも、僕の心を揺さぶった。まるで、映画の余韻の続きを、現実で演じようとでもするかのように。

「ねえ、キッチン行こうか」

唐突に、でも自然にそう言った彼女を、僕はおんぶした。軽やかで、あたたかくて、背中に感じる彼女の鼓動が、やけに現実味を帯びていた。

小さなキッチンは、休日の静けさに包まれていたけれど、僕たちの中では何かが確かに燃えていた。やかんの中でお湯が沸く音すら、鼓動のリズムのように思えた。

その夜、映画よりもずっと濃密で、ずっと忘れがたい物語が、僕たちの間にひとつ、生まれた。

今ではVHSもデッキももうどこにもないけれど、あの夜の温度と音、そして背中のぬくもりだけは、今でもはっきりと覚えている。

ベルは、たしかに二度鳴った。

でも、僕の心に鳴り響いたのは、そのずっとあと、キッチンの灯りの下で交わした、あの沈黙だった。

 
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