No.2922

題名:今日のお題は、「君のいる堤防」
報告者:ダレナン

(No.2921の続き)
僕は足音を忍ばせながら、そっと近づいた。
波の音と、潮の匂いが、昔の記憶を引き寄せる。

あの夏の日、僕たちは、ここで未来を語り合った。
夢も、不安も、隠さずに。
けれど、時が流れるうちに、僕たちはすれ違い、
小さな言葉の傷を重ねて、やがて別れた。

それから何度も、この堤防に来た。
でも、君はいなかった。
今日も、きっといないだろうと思っていた。

だけど――いた。
君は、そこにいた。
まるで、時が一度も動かなかったかのように。

「……久しぶりだね」

僕がそう声をかけると、君はゆっくりと振り返った。
変わったようで、何も変わっていない笑顔。
そして、目元にほんのわずかな寂しさ。

「うん。……来ると思った」

君はぽつりと言った。
まるで、僕がここに来ることを、ずっと知っていたかのように。

僕たちは、それ以上何も言わずに、並んで空を見上げた。
言葉にできないものを、ただ一緒に感じたかった。

波が寄せては返し、風がシャツの裾を揺らした。
空は、あの頃よりも、もっと澄んで見えた。

君と過ごした時間は、決して失われてなんかいなかった。
あの日、こぼれ落ちた思いも、今、静かに胸に帰ってくる。

「……また、会えたね」

君の声が、風に乗って消える。

僕は小さくうなずき、そっと君の手に触れた。
細く、少し冷たかったその手が、すぐに僕の指を握り返した。

世界は、こんなにも静かで、優しかった。

 
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