題名:今日のお題は、「もしも時間が巻き戻せるとしたら」
報告者:ダレナン
(No.2918の続き)
君に出会えた、あの夏のこと。今でも僕の中では、変わらずに光っている。
季節は巡り、風の匂いも、空の色も少しずつ変わっていった。けれど、僕の中にあるあの日だけは、まるで封じ込められたように色褪せない。写真のように、いや、それ以上に鮮やかに、胸の奥で瞬いている。
君とはそれからも何度か海へ行った。秋の終わり、寒さに頬を染めながら歩いた砂浜。冬の入り口、凍える手をポケットの中で繋いだあの夕暮れ。どれも愛おしいけれど、やっぱり、あの夏が特別だった。
「ねぇ、もしも時間が巻き戻せるとしたら、戻りたい日ってある?」
ある日、君がぽつりと聞いた。
僕は少し考えて、そして笑った。
「うん、あるよ。だけど、戻らなくてもいい。だって、今ここに君がいるから」
君は照れたように笑って、海を見つめた。その瞳に広がっていたのは、あの日と同じ、果てしない空の色だった。
だけど——
その少し後から、君の笑顔が少しずつ、薄れていった。
理由はわからなかった。何があったのか、君は何も言わなかった。ただ、笑顔の影に、小さな翳りが見えるようになっていった。僕の知らない場所で、君は何かと闘っていたのかもしれない。
そして、ある日を境に、君はふいに僕の前から姿を消した。
連絡は途絶え、残されたのは、スマホの中の写真と、記憶の中のあの日の天気だけ。
僕は海へ行った。あの場所に、一人で立った。
風が吹いていた。夏とは違う、どこか冷たい風。でも、海の匂いだけは変わらなかった。目を閉じると、君の声が聞こえた気がした。
「今日は、忘れない日になるね」
忘れられるわけがなかった。