No.2913

題名:今日のお題は、「「雪、見たいね」から始まった」
報告者:ダレナン

(No.2912の続き)
あれは結婚式を控えた、ちょうど一か月前くらいのことだったと思う。
ふとした拍子に、二人して「雪、見たいね」と言い出した。たしか、ニュースで北海道の大雪を見た直後だったかな。あの時は東京にも冷たい風が吹いていて、心のどこかで、真っ白な静けさに包まれた時間を求めていたのかもしれない。

行き先は、思いつきにしてはなかなか渋い温泉地だった。ガイドブックで見つけた小さな駅、そこから少し歩いた先にある温泉宿。派手さはないけれど、雪景色にはよく似合う、静かで落ち着いた場所だった。

電車を降りたとき、僕は買ったばかりのCanon EOS Kiss X7をぶら下げていた。初めての一眼レフだった。彼女を撮りたくてたまらなかった。いや、正確に言えば、「この瞬間の彼女」をちゃんと残したかったんだと思う。

ただ、想像していたほど雪は降っていなかった。前の週に降った雪がところどころに名残のように残っていて、白というよりも、冬の朝の光にやさしく溶け込んでいた。
だけど、その分、空はよく晴れていて、朝日に照らされた彼女の笑顔がほんとうにまぶしかった。
彼女は嬉しそうに辺りを見渡して、「思ってたよりも雪少ないね」なんて言って笑っていた。

その笑顔を見た瞬間、シャッターを切る指が自然に動いた。ファインダー越しに見たその光景は、雪よりもずっとあたたかくて、僕の中の何かを、そっと溶かしてくれるようだった。

それから、もう10年以上が経つ。
彼女は今や、立派な母親になった。僕はと言えば、まあ、しわも増えたし、白髪もちらほら見える。でも、今もその写真を見るたびに思うんだ。「あの頃の彼女は、今の彼女の中にちゃんといる」って。

そして何より、その頃の僕も、今の僕のどこかにまだ残ってる気がする。
時間はあっという間に過ぎていくけれど、大事なものって、ちゃんと心の中に残り続けるんだよな。

ふと思い出して、こんな風に書き留めてみたくなるのは、歳をとったせいだろうか。
いや、むしろ、今だからこそ、書いておきたくなったのかもしれないな。

(注)画像はあくまでも創造です。Canon EOS Kiss X7の撮影によるものではありません(笑)。

 
pdfをダウンロードする


地底たる謎の研究室のサイトでも、テキスト版をご確認いただけます。ここをクリックすると記事の題名でサイト内を容易に検索できます。



...その他の研究報告書もどうぞ