No.2883

題名:今日のお題は、「地下鉄の彼女」
報告者:ダレナン

(No.2882の続き)
 地下鉄の駅に足を踏み入れるたび、いつも感じる違和感がある。あの女性が、いつもそこにいるからだ。最初は気のせいだと思った。顔立ちがぼんやりしていて、服装もどこか古びた感じで、誰かと目が合うこともなかった。でも、見覚えがあるような気がして、つい目を引かれてしまう。
 彼女はいつも、地下鉄の車両の一番端に座っている。周りの人々と同じように、誰も気にすることなく、それぞれの世界に没頭している。しかし、彼女だけは何かが違う。目を合わせてはいけないような、そんな感覚に囚われる。彼女は必ず、目線を外し、遠くを見つめている。どこかを見つめるその目が、まるで僕に何かを訴えているように感じる。
 「また、彼女か…」
 毎日同じ時間に同じ場所で、彼女はそこにいる。最初はただの偶然だと思った。でも、友達に話すと「そんな人、見たことないよ」と言われる。みんな、あの女性のことを知らないらしい。でも、僕には彼女が確かに存在しているように見える。どんどん疑問が深まっていった。
 ある日、思い切って彼女に声をかけようと思った。心臓がドキドキと高鳴り、手のひらに汗をかきながら、地下鉄に乗り込んだ。その日も彼女は同じように座っていて、また遠くの何かを見つめている。近づいてみると、彼女は微動だにしない。目を合わせても、何も反応しない。ただ、ぼんやりと空気のようにそこにいる。
 その瞬間、ふと彼女が僕を見た気がした。視線が交わった瞬間、彼女の目に浮かんだのは…恐怖のような、切迫したような表情だった。その瞬間、背筋に冷たいものが走り、急に駅のホームが歪んだような気がした。
 次の日も、また彼女はそこにいた。しかし今日は違う。今度は、彼女がまるでこちらに歩み寄ってくるような気配がした。目を合わせないように必死に下を向いていたが、なぜか彼女がすぐ後ろに立っている気がした。振り向いた瞬間、彼女はいつもと変わらない目で僕を見ていた。しかし、その目の奥には何か、圧倒的な孤独と哀しみが混じった光が宿っているように見えた。
 その時、彼女が小さな声で何かを呟いたような気がした。聞こえなかったが、胸が締め付けられるような気分に襲われた。
 「あなたも、見えてしまったのね」
 それ以来、地下鉄に乗るたびに、彼女が僕の近くにいる気がしてならなくなった。視線を外すことができない。彼女は、僕を見つめることで何かを伝えようとしているのだろうか?

 そして、ある日、私は気づく。彼女が座っているのは、いつも同じ場所。だが、その場所は、どうも記憶にない場所だった。駅名すら、見覚えがない。彼女が何を訴えているのか、僕には分からないが、ある確信が芽生えてきた。
 もしかしたら、彼女は霊ではなく、この世界の一部で、ただ僕だけがその“別の世界”に引き寄せられてしまったのかもしれない。彼女の視線が、何かを示唆している気がして、僕はもう逃げられない。

 
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