No.2869

題名:今日のお題は、「球場での思い出」
報告者: ダレナン

(No.2868の続き)
 「おーい、早く早く! もうすぐ始まるぞ!」
 先に到着していた田中が、球場の入り口の近くで手を振っている。人混みの中、僕たちはようやく彼の元にたどり着いた。
「すごい人だね!」
 久美子ちゃんが、少し弾んだ声で言う。彼女の肩からは小さめのリュックがかかっていて、カジュアルな服装がなんとも爽やかだった。
 正直、僕は野球に特別な興味があったわけじゃない。ただ、職場の仲間としての付き合いがある以上、こういう時は協調性を発揮しないとまずいだろうと思った。だから来た。
 ……けど、それが本音のすべてではない。
 僕がここに来たのは、ほかでもない。久美子ちゃんがいたからだ。
「ちょっと喉乾いちゃったな。何か飲み物買おうかな」
 彼女がそう言って、近くの売店に向かう。僕たちもつられるようにそちらへ歩き、並ぶことになった。
 「何にする?」
 「うーん……アイスティーにしよっと」
 久美子ちゃんは、ひんやりしたペットボトルを手に取り、細いストローを刺した。そして、ストロー越しにちゅっと飲む。
 その瞬間——僕は、無意識にスマホを取り出していた。
 カシャッ。
 シャッター音が響く。
 しまった。やってしまった。
 「……ん?」
 久美子ちゃんが顔を上げる。僕は反射的にスマホを下げ、何でもないフリを装う。
 「何撮ったの?」
 「え、あ、球場の雰囲気を……」
 「あやしいなぁ?」
 彼女がじっと僕を見て、ニヤッと笑う。その笑顔があまりに眩しくて、僕は誤魔化すように視線を逸らした。
 心臓がバクバクする。いや、何をやってるんだ、俺は。露骨に恥ずかしい。いや、むしろヤバい行為だろう、これ。
 でも、当時の僕は夢中だったんだ。久美子ちゃんの何気ない仕草ひとつひとつが、僕の中では特別な瞬間に思えた。

 ……まぁ、今思えば、完全にイタい行動だったな。
 で、まぁ、そういう時代もあったわけで。

 
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