No.2851

題名:今日のお題は、「あの朝のカフェの風景」
報告者:ダレナン

(No.2850の続き)
 僕たちが出会ったのは、たまたまだった。
 同じ劇団の演劇を観に行ったその夜、僕たちは偶然にも隣同士の席に座った。始まる前の静かなざわめきの中で、ふと彼女が小さく息をついたのが耳に入った。その仕草がなんとなく気になって、何気なく話しかけたのがきっかけだった。
 「この劇、前から観たかったんです。」
 彼女はそう言って、少し照れくさそうに微笑んだ。
 それから、僕らの会話は途切れることなく続いた。劇が終わると、感想を交わし合い、互いの好きな演目について語り合った。まるで前から知っていたかのような自然さだった。彼女の言葉一つひとつが、僕の中に響いてきた。
 そして、そんな時間が重なり、僕たちは恋に落ちた。
 だけど、僕の中で彼女を最も美しいと感じる瞬間は、夜のベッドの中ではなく、朝のカフェテーブルだった。
 彼女はゆっくりとコーヒーを口に運び、その香りを楽しむ。小さく目を細めて、一口含むと、微かに微笑む。その姿に僕はいつも心を奪われていた。彼女がコーヒーを飲む姿をただ見ているだけで、僕は満たされた。
 僕らの会話のほとんどは、劇や映画、そして小説の話だった。新しいものを知る喜びと、それについて語り合う幸福。彼女と一緒にいる時間は、心の奥底から湧き上がるような心地よさに満ちていた。
 それは、僕にとって新鮮で、懐かしかった。
 僕は彼女を、愛していた。
 そして今も、彼女のコーヒーを飲む姿を思い出すたび、胸の奥が温かくなる。
 だけど、時間が経つにつれ、僕たちの歩む道は少しずつ違い始めた。
 僕は安定した路線を選び、決まった職についた。一方で、彼女は演劇に邁進し、より深く舞台の世界へと没頭していった。次第に会う時間は減り、語り合う夜も少なくなった。
 それでも、僕の中にはあの朝のカフェの風景が焼き付いている。コーヒーの香りと、微笑む彼女の横顔。
 たぶん、それだけで十分なのかもしれない。

今日のお題は、「あの朝のカフェの風景」

 
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