No.2783

題名:今日のお題は、「フィルムに焼きついた微笑み」
報告者:ダレナン

(No.2782の続き)
 美術系の大学に通っていた頃、僕は写真部に所属していた。一応、部長だったが、活動内容といえば「学内のアイドルを探せ」的なものが主流だった。僕としてはもっとアート性のある作品を撮りたかったのだけど、正直、そういう写真は誰の興味も引かなかった。だから、半ば流されるように、学内の可愛らしい女子を撮るのが日課になっていた。
 ある日、学内で評判の女の子――名前はたしか、沙織だったか――を撮影することになった。彼女は演劇学科の学生で、舞台の上では華やかに輝くタイプの子だった。でも、実際に話してみると意外と無邪気で、カメラを向けるとすぐに屈託のない笑顔を見せてくれた。その自然な表情を撮りたくて、僕は夢中でシャッターを切った。
 撮影が終わった後、僕がフィルムを片付けていると、沙織が部室にやってきた。
 「ねえ、それってカメラ?」
 指さしたのは、部室の棚に置いてあったソ連製の古いカメラだった。誰のものかは定かでなかったが、レトロなデザインと独特の機構を持つそのカメラに、彼女は興味津々の様子だった。
 「これ、どうやって撮影するの?」
 彼女は無邪気な笑顔を浮かべながら、カメラを手に取った。その仕草があまりにも可愛らしく、僕は一瞬ドキリとした。
 「こうやって、フィルムを巻いて、シャッターをセットして……」
 彼女の手をそっと取りながら、丁寧に説明する。近くで見ると、彼女のまつ毛の長さや、微かに香るシャンプーの匂いがやけに意識された。鼓動が少し速くなった気がした。
 「なるほど、面白いね!」
 沙織は嬉しそうに笑い、レンズを覗き込んだ。その瞬間、フィルムには収められないけれど、僕の記憶には鮮明に焼きつく表情だった。
 でも、彼女とはそれ以上の関係にはならなかった。恋愛に発展することもなく、ただの写真部のモデルとカメラマンという関係のまま、彼女は卒業していった。
 それでも、あの日の彼女の笑顔と、少しだけ高鳴った僕の胸の鼓動は、今でもフィルムのように僕の記憶の中に残っている。

今日のお題は、「フィルムに焼きついた微笑み」

 
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