No.2781

題名:今日のお題は、「春の隙間」
報告者:ダレナン

(No.2780の続き)
風が吹いていた。
強くもなく、かといって、まったくの無風でもない。
どこか遠くの季節の名残を運ぶような、静かな風だった。

彼女はそこにいた。
少し先の、光の中に。

ポニーテールの髪が、風に遊ばれてわずかに揺れる。
陽の光を受けて、細い毛先が透けるように光った。
結び目のあたりが、かすかにほどけかけている。
けれど、それを直そうとはしない。
そのまま、風に任せていた。

彼女はこちらを見ていた。
まっすぐに、けれど、強くはなく。
少しだけ目を細め、微笑を浮かべている。
大げさではない、ささやかな笑顔。
それがとても自然で、まるでそこにある空気の一部のようだった。

言葉はない。
何かを伝えようとしているのかもしれないし、
ただ、そうしているだけなのかもしれない。

時間がゆっくりと過ぎる。
世界は変わらず動いているはずなのに、
この一瞬だけが切り取られ、別の場所に置かれたようだった。

また、風が吹く。
彼女の髪が、ほんの少し乱れる。
それでも、彼女はただそこにいて、
微笑んだまま、こちらを見つめていた。

今日のお題は、「春の隙間」

 
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