題名:今日のお題は、「ファインダー越しの恋」
報告者:ダレナン
(No.2672の続き)
大学の写真部に所属していた僕は、主に風景や室内の静物を撮るのが好きだった。光の入り方や影のコントラストを考えながら、静かな世界を切り取るのが僕のスタイルだった。そんな僕にとって、人を撮ることはほとんどなかった。いや、正確には「撮れなかった」。人物写真は技術的にも感情的にも難しく感じていたのだ。
でも、あの日――彼女を撮った日だけは違った。
深雪さんは同じ写真部に所属していた。華やかなタイプではないけれど、穏やかで控えめな笑顔が印象的な人だった。彼女がカメラを構える姿は、風景の一部のように自然で、見ているだけで心が落ち着いた。けれど、僕は彼女と特別親しいわけではなく、部活の集まりで時折言葉を交わす程度だった。
秋の午後、部室の片隅でフィルムカメラを弄っていると、ふと窓辺に立つ彼女の姿が目に入った。柔らかな西陽が深雪さんの横顔を照らし、光のカーテンがまるで彼女を包み込んでいるようだった。
僕は無意識にカメラを構えていた。
「……深雪さん、撮ってもいい?」
驚いたように振り向いた彼女は、少し戸惑った後、ふわりと微笑んだ。
「いいよ」
シャッターを切るたび、僕の胸が高鳴るのを感じた。ファインダー越しの彼女は、いつもの静かな佇まいのままなのに、僕の目には今までよりずっと鮮やかに映った。風景でも静物でもない、一枚の写真に宿る”想い”というものがあるのだと、その時初めて知った気がする。
撮影が終わると、彼女は「ありがとう」と小さく言って、少しだけ頬を赤らめたように見えた。僕は慌てて「こっちこそ」と返しながら、心臓の鼓動が速くなっているのを隠せなかった。
それが、僕が彼女に恋をしていたことを自覚した瞬間だった。
後日、現像した写真を見たとき、僕は言葉を失った。いつもの静物写真とは違い、その一枚には明らかに「僕の気持ち」が映っていた。光の加減、彼女の柔らかい表情、そしてその奥にある自分の感情――すべてが詰まった写真だった。
僕は、その写真を彼女に渡すべきか迷った。でも、もし気持ちが伝わってしまったら? そう考えると怖くなって、結局その写真は僕の手元に残ったままだ。
それでも、あの日シャッターを切った瞬間の高鳴りは、今でも忘れられない。
今日のお題は、「ファインダー越しの恋」