題名:今日のお題は、「彼女の神秘的な魅力を思い出す」
報告者:ダレナン
(No.2657の続き)
かつて美術系の大学に通っていた僕は、当時いっぱしのカメラマン気取りでよく通りを撮影したものだった。今と違って街撮りでも写される側にあまり抵抗はなく、気楽に声を書けることができた。
相棒はワインダーユニットを装着したCONTAX RTSⅡ。レンズはPlanar 85mm/F1.4 T*。当時随分と無理をして買ったものだった。年を取ったせいか、今でもその時の情景をはっきりと思い出すことがある。
湿ったアスファルトが街灯の光を柔らかく反射する夜の街。時計の針は午前1時を指し、人々の足音は徐々に遠のき、静けさが広がっていた。その中で、黒いドレスを身にまとった彼女が一人、路地の角に立っていた。
僕はカメラを肩から下げ、ふとした偶然でその場にいた。ただの夜景を撮ろうと思っていただけだったが、レンズ越しに見える彼女の存在感が、他のどんな被写体よりも強烈だった。
彼女は長い黒髪を風に揺らし、冷たい夜の空気の中で、どこか時間を止めたかのような佇まいをしている。僕の目がカメラのファインダーに吸い寄せられる。自然とシャッターを切りたくなる、そんな瞬間だった。
「撮ってもいいですか?」
僕は少し距離を取りながら声をかける。彼女は振り返り、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んだ。小さく頷くその仕草すらも絵になる。
彼女が歩き出すと、ドレスの裾がひらりと揺れ、街灯の光が彼女のシルエットを際立たせる。僕はその一瞬を逃すまいと、何度もシャッターを切る。冷たい夜の空気がカメラの音に溶け込むようだった。
路地の奥には古びた煉瓦の壁があり、その赤茶色の背景が黒いドレスと対照的に映える。彼女は煉瓦に軽く背中を預け、何か物思いにふけるように遠くを見つめた。まるでそこにドラマが生まれたかのような光景だった。
撮影が終わり、僕は彼女にお礼を言った。彼女は再び微笑むと、「写真が完成したら見せてくださいね」とだけ言い残し、夜の闇に溶け込むように歩き去った。
彼女の名前も、何をしている人なのかもわからない。ただ、あの夜に彼女を撮った写真だけが、永遠にその瞬間を閉じ込めた証となった。
後日、現像した写真を見るたびに、僕はあの静かな夜の街と、彼女の神秘的な魅力を思い出すのだった。
今日のお題は、「彼女の神秘的な魅力を思い出す」