No.1875

題名:クミちゃん
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1874の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 妻に忠実でなくてはならないという意味。可もなく不可もなく、それでいてオートマティックなDead Man。ただ時には、その意味も一晩で劇的に変化することもある。取るに足らないわら一本でも重大な結果につながることもある1)。それがストロー・チェンジ。
 「一晩で、あなた変わったわね」
 妻がチェンジしたのは、その日が境だったのだろうか。いや、僕またはカレーの味のチェンジ。そういえば思い出したことがあった。

 クミ。クミちゃん。会社の受付のアイドルとでもいえる存在のクミちゃん。僕はいつも遠巻きに彼女の働きぶりを見ていた。エレベーターから降りて、フロアに向かうとそこにいつもクミちゃんがいた。社内に戻ったときもクミちゃんがそこにいた。にっこりと微笑みかけ、お帰りなさいと出張から帰ってきた僕だけでなく、全社員をとても丁寧に迎えるクミちゃん。。だっだぴろいフロアに、観葉植物、そして黒色で受付と書かれた銀色のプレートがあり、広々としたディスクの真ん中に違和感なく鎮座するクミちゃん。横にある観葉植物もやっかみ、観葉的で寛容な彼自身も嫉妬するかの如く咲いている一凛の花的な存在だった。でも、僕を迎える時の彼女の微笑みは、僕だけのためだ。そうだ。彼女の僕に対する微笑みは、わら一本で他社員とは違う。
 ある日の午後、出張から帰った僕の気持ちは随分と荒れていた。
 朝から妻にいろいろ言われ、僕が悪いにせよ、そう、僕が悪いにせよ、もう自分の気持ちの中では爆発しそうな朝だった。いっつも怒られている、この僕が。僕が悪い。そうかよ。そんなに僕は妻という環境に悪い影響を与えているのか。それなら、もう僕はDead Manになっちゃう。それでいいなら、冥界をWalkingする。そうすればいいんだろ、僕は、と自暴自得になっていた。
 それに加えて、そんな日に限って仕事の出張先でもかなりどやされた。「おたくの仕事がなっていない」だの、「この人の書類に間違いが多くて困っている」だの、「このままだとおたくと契約を打ち切ることになりかねない」だの。
 知るかそんなこと、おめえがうちの上司と直接掛け合ってくれよ、おれにそんなこと言うなよ、バカやろ―。うるせーわ、おめえ、と、内心そいつの腹を思いっきり蹴とばしていた。むしゃくしゃしていた。僕には威厳を見せて、うちの上司には何もいえねーおめえがよー。なんだよ、きさまは…。
 でも、表向きには、腹を蹴とばすどころか、彼に対して「すみません。社に帰ってから上司に伝えておきます」、「まことにすみませんでした。申し訳ありません」と丁重に平謝りした、ものの、うるせーわ、きさま、と、何もかもがうざったい一日だった。僕の腹がとてつもなくキューキューとして底知れない痛みを感じていた。QQ車。いますぐ109。SHIBUYA109。違った。119。
 僕が悪いのか、僕は、何かしでかしたか、僕は。何もわりーことしてねえだろ、おれは。
 うるせーわ、おめえ。うるせーわ、おめえ。くそ、うるせーわ。おめえわよー。

1) https://mainichi.jp/articles/20180530/ddm/001/070/114000c (閲覧2020.11.1)

 
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