題名:もう、終わったことだった。
報告者:ダレナン
本報告書は、基本的にNo.1831の続きであることを、ここで前もってことわりたい。
生ある中に、その罪が潜んでいる。生きているだけでも罪。そう言ったのは太宰で、堕罪だ。だから、僕は、何度も、母なるトンネルに還ろう、還らなければと意識した。この先の罪を、今のうちに僕自身で摘まなければならない。
(やっぱり、元のトンネルに戻ろうか…)。しかし、それは無駄だった。母との絆もすでにじょきりんとちょん切られ、個体として、すでに僕は、そこに生存していた。
若干、あきらめかけていた時、産科の僕を取り上げてくれた産婆、いや婆というには若すぎるだろうな。産女子ともいえるその方の笑顔に、この月の世界に留まるのもいいのかもしれない、そう考えを改めた。
後々、その産女子が、キーコの母であったことに、僕はその時はまだ知らなかった。でも、その笑顔に、「かわいい男の子ですよ。おめでとうございます」と母に告げているその産女子の様子を見ると、生まれてきたよかった、ともふと思えた。それが僕の0歳、数秒歳の記憶だった。
「ねぇ、キーコ、知ってる? 僕はキーコが生まれる前からキーコの事知っていたんだよ」
「そうなの?」
かつてキーコに問いかけたことがあった。その時の話は、結局は「ふ~ん」とキーコは、不思議そうに首をかしげていただけで終わったが。
生まれた時の受難にも関わらず、聖なる実現として僕は母とダミーの父のもとですくすくと育った。父はいつも僕には優しく接してくれた。だから、それがダミーの仕業であることをまったく疑わずに、僕は寵愛を受けて成長したとも言える。ただ、ある時から、そこに亀裂が生じた。それは、月の世界の満ち欠けによる影響なのか、それとも地球からの重力の変化に伴うものなのかは分からない。難波はともあれ、なんばのように、逢坂の何かが変調し始めた。それが、僕が、15の春だった。
ツキオの母:「あなたが15歳の時から、父さんなんか変じゃなかった」
「うん」
そう思えたのも無理はなかった。父は結局ダミーで、父さんは、僕の父さんは魂の戦士の血統にはまったく含まれていない血筋だったからだ。
ジムズ・キャロメン博士はもう月の世界にはいない。だから、僕の父さんの実体を、僕が半分人間ハルバー・メンシュであることを、正しく問い直そうとしても、もう、終わったことだった。