題名:恋花の薫香をたく効果
報告者:エゲンスキー
ヒトは主に五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)によって外界からの情報を得ている。そのため、その情報を記憶する際には、そこで感じた五感との結びつきが強い。中でも嗅覚は五感で最も〝原始的”なシステムであることから、脳内での印象(残りやすさ)もおのずと異なる。それは、情報を処理する脳の中の経路が異なることに起因する。
嗅覚の経路に関して簡単に説明すると、まず、匂いの成分が鼻の奥のほうにある嗅細胞という細胞にある嗅線毛にくっつく。それから、その成分が、嗅細胞に興奮を起こし、電気シグナルを発生させる。その時の電気シグナルは、そのまま脳内に伝わる1)。その伝わり方がダイレクトなのが、嗅覚の特徴である。視覚や聴覚では、このような脳内へのダイレクトなシグナルはなく、視覚であれば網膜から視神経、聴覚であれば蝸牛から内耳神経を介し、その後に視床という脳内の領域で一旦情報が処理されることから、電気シグナルが脳内へと記憶される経路にワンクッションある。これに対して、嗅覚の嗅細胞から電気シグナルは、視床を通らずダイレクトに大脳の、大脳辺縁系へ流れ込む1)。その他の感覚として、味覚、触覚もあるが、これも脳の視床で情報をある程度整理・統合した上で大脳へ送られる1)。そのため、嗅覚には、ダイレクトな生のインパクトとして1)、脳内の大脳辺縁系に根ざす記憶との関連性が深くなる。大脳辺縁系は報告書のNo.936でも示されたように、情動や感情と関連が深い領域になる。すなわち、嗅覚による記憶は情動と結びつきやすく、匂いを嗅いだ時「それを何か?」と認識する前に、好き・嫌い、快・不快に関連した記憶を呼び覚ます作用がある2)。
匂いに関する有名な小説として、フランスの小説家マルセル・プルーストによる「失われた時を求めて」で記述された有名な「プルースト効果」があるが(報告書のNo.485、No.703も参照)、前述した生のインパクトとは、この効果に相当するのであろう。小説内では、マドレーヌと紅茶の香りで、記憶が呼び覚まされる。
一方、自然界で最も香りを出すのは何かと問えば、個人的には花があげられる。元々、香りは英語ではperfumeというが、これはラテン語のPer Fumum(through smoke:煙によって)が語源となる3)。それを裏づけるように、人類が歴史上で始めて利用したとされる香料の登場は、紀元前3000年頃のメソポタミアにおけるシュメール人で、彼らは、レバノンセダー(「香りのする杉」の意。ヒマラヤスギ属)による薫香でもって、神に祈りを捧げていた3)。そのことから、香料の始めは、木でもって中心的に利用されていたと考えられるも、その当時からすでに、花粉を虫に運ばせるための匂いを放つ花も、何らかの理由で香料の一部として使われていた可能性も十分にありうるであろう。そこで、紙面ではあるが、祈り的なfloweryなイメージを示すと、図がそれに相当するのかもしれない。写真は中国の写真家Luna Atlantis氏によるが、floweryなイメージに、恋花の薫香をたく効果でもって、ときめきも香るかもしれない。
図 Luna Atlantis氏による写真4)
1) https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/column/14/091100003/122600011/ (閲覧2019.2.13)
2) http://www.dspc2007.com/limbic.html (閲覧2019.2.13)
3) http://www.jffma-jp.org/learning/base/index.html (閲覧2019.2.13)
4) https://i.pinimg.com/originals/ed/69/5c/ed695c5f5402426134e7ccc8c4b59aaf.jpg (閲覧2019.2.13)