No.891

題名:理性と野性への希求 -その背景-
報告者:ナンカイン

 理性はその名の通り、理論的な内容でもって考える方法である。一方、野生は野生動物などの意味もあるように、理性が伴わない、なかば、本能的な内容に根差す。ここでは、理性と対応付けて、ヒトの野生的な本能をあえて野生的な性質とし、これを野性として定義づけたい。
 この理性と野性について脳的に考えると、それは、ショの過去の様々な報告書、例えば、報告書のNo.351にも示されているように、論理と感情として区分することもできるのかもしれない。しかしながら、野性を、よりもっと本能的に根差すものとして見直すと、感情以上の深層に位置する部位に相当する。
 かつて、アメリカ国立精神衛生研究所の脳進化と行動部門主任であったポール・D・マクリーン博士1)は、ヒトの脳を三層に区分し、「三位一体脳(triune brain)」と呼ばれる仮説を提唱した2)。それによると、ヒトの脳は、本能的な爬虫類脳、感情的な哺乳類脳、論理的な人間脳に区分できる1)。現在では、魚類や両生類,爬虫類の大脳にも外套に相当する領域があることが分かっているために、哺乳類のみが外套という構造自体を新しく獲得した訳ではないことが判明していることから、明確な区分としての先の仮説は否定されている2)。そうではあっても、その仮説の分かりやすさから2)、今でも図のように概念的に理解されやすく、ヒトは深層では爬虫類的な支配を受けていること頷くこと、しばしばである。特に、文献3)にも、この脳の区分をもってゾンビ脳を説明している。その出典はジョージ・A・ロメロ監督による映画「死霊のえじき」であるが、所謂ゾンビは、この爬虫類的な脳のみが機能しているという設定でもって、劇中でのゾンビ脳の機能として説明している。すなわち、ゾンビが有する生殖、攻撃、捕食は、この脳の機能による、とする。なるほど、である。

図 三位一体脳4)

 一方、理性は如何にもヒトらしい機能でもあり、それを先のマクリーン博士の「三位一体脳(triune brain)」で仮に示すとすると、図の大脳新皮質領域に相応する。そのため、理論的に会話がなされると、如何にも理性的であり、物事のすべてに渡って分析されているかの如く、崇高である勘違いしやすい。結局は、報告書のNo.351に示されているように、三角バランスの下に感情、上に論理があり、それはマクリーン博士の「三位一体脳(triune brain)」を持ち出すまでもなく、より下層に位置している領域は、理性からは直接的にコントロールすることができない。その結果、最終的には、所詮「人を動かすのは理性ではなく、感情である」ことをも暗示している。よく見渡すと、現実の社会でも、理性的に話せば話すほど、ただの理屈が屁理屈に至り、屁と変わらない理屈となる。ぷっぷ・ぷっぷと如何にも理屈をこねたとしても、誰もそれを理屈とは思わず、その会話の周りから発せられる臭気に鼻を抑えたくなる。まさに、言いえて妙な屁理屈である。一方で、うまく理屈をこねられる人の会話を詳細に分析すると、実はうまく感情に訴えかけるような会話能力が秘められていることは、誰しも異論がないはずである。

1) https://ameblo.jp/nomura-rindou/entry-12322093938.html (閲覧2018.8.19)
2) https://psych.or.jp/wp-content/uploads/2017/10/75-17-20.pdf (閲覧2018.8.19)
3) 岡本健: ゾンビ学. 人文書院. 2017.
4) http://mc.mart-magazine.com/pressrelease/826?view=12439 (閲覧2018.8.19)

 
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