No.838

題名:存在の耐えられる軽さ -そのⅠ: オーラの研究に属して-
報告者:ナンカイン

 ある人が前から歩いてくる。とても目立つ人である。服装はやや地味系で、帽子やマスクし、サングラスをかけているもなぜか魅かれる。そのような人は、大概芸能人であったりすることも多い。中には、「わたくしは芸能人ですの。おほほ。」という雰囲気で、別にマスク、サングラスをしていないことから、かなり街中でも目立つ芸能人の方もいるが、プライベートでお忍びの場合は、服装はともあれ、帽子やマスクし、サングラスは、芸能人の方にとってはある程度必需品となろう。そこはやはりパパラッチの目も光っているからである。ただし、どのように変装しようとも、芸能人の方には比較的目立つ人が多い。一方で、逆のパターンの芸能人も存在するが、正であれ、負であれ、なんらかのオーラを纏っているのが、芸能界ゆえの存在感でもあろう。
 一方、筆者なども含めて普通に暮らしている人は、街中で輝くほど目立つことはあまりない。芸能人でなくとも、芸能人なみにとても目立つ人もその中にいることもあるが、目鼻立ちが平均的で、背格好が平均的で、服装も普通であれば、完全に街並みに溶け込む。モナリザのような平均美顔としての平均であれば、その溶け込み方はなんともいえないが(報告書のNo.596も参照)、モナリザのモデルも男性だったのではという謎も秘められていることから1)、案外、レオナルド・ダ・ビンチ時代のモナリザなる人物は、男女判別がつかない妖しさや社会的な地位はさておき、平均的で目立たない人物だったのかもしれない。レオナルド・ダ・ビンチも平均的な整った顔立ちに魅かれていたことは多くの作例から間違いないであろう。
 そこで、この目立つ、目立たないで重要な要素となるのは、いわゆる外面もあるが、先に示したようにオーラ的な存在がある。例えば、「あの人はオーラが凄い」などと、存在感のある人を指してよくいわれるが、そのオーラの正体とは、一体何であろうか。
 通常、オカルトやニューエイジ(*)において、オーラとは、生命活動や精神活動をつかさどる超自然的なエネルギーである生体エネルギーが、体から放出され、体を取り巻いたものとされる2)。あるいは、生命体の周りにある微弱な電磁波のエネルギーともされる2)。その他、近年では、オーラ=共感覚(ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象)説もあり2)、その感覚を持っている人にはオーラとして感じ取られているのかもしれない。オーラ=共感覚説に関しては文献4)にも詳しいが、人を認識するという特別な回路と色を認識する回路が混線してしまった結果がオーラではないか、との見解である。
 これらのことから、オーラの存在自体が未だ非科学的で、明らかに科学的に検証されてはいない。しかしながら、人は何らかの感覚で、その人の存在感を無意識に測る。そのオーラ的な存在は、一体何なのであろうか(図)。

図 オーラ的存在5)

*: 20世紀後半に現れた自己意識運動であり、宗教的・疑似宗教的な潮流である3)。
1) http://www.afpbb.com/articles/-/2784265 (閲覧2018.6.25)
2) https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1326254398 (閲覧2018.6.25)
3) https://ja.wikipedia.org/wiki/ニューエイジ(閲覧2018.6.25)
4) http://blog.livedoor.jp/takaike_sora/archives/1596928.html (閲覧2018.6.25)
5) https://www.healthpath.gr/wp-content/uploads/2016/10/2.jpg (閲覧2018.6.25)

 
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