No.3016

題名:今日のお題は、「潜在意識を『洗剤』にさせないためのWash方法」
報告者:ダレナン

 最近、世の中がやけに「清潔」になりすぎているような気がする。  街中には除菌スプレーが溢れ、SNSを開けば「ネガティブな感情を手放して、ポジティブに生きよう!」というピカピカの自己啓発ワードが並んでいる。もちろん、清潔で前向きなのは素晴らしいことだ。ドブの匂いがするよりは、フローラルの香りがした方がいいに決まっている。

 だが、僕らは少しばかり「心の洗濯」に熱中しすぎているんじゃね? と思うのである。

 心の奥底にある「潜在意識(せんざいいしき)」。  最近のスピリチュアル界隈では、この潜在意識をいかに書き換えるか、いかにクリーンにするかがブームになっている。不安、嫉妬、怒り、怠惰……そういったネガティブな感情を「心の汚れ」とみなし、強力なポジティブ・シンキングという名の漂白剤をぶち込んで、真っ白に洗い上げようとする。

 しかし、気をつけてほしい。  そんなことを繰り返していると、いつの間にかあなたの「潜在意識(せんざいいしき)」は、ただ汚れを落とすだけの「洗剤(せんざい)」になり下がってしまうのだ。

 僕らの心にこびりついたガンコなシミや泥汚れ。それは本当に、ただの「悪」なのだろうか?  例えば、他人の成功を見て沸き起こるドロドロとした嫉妬心。深夜の2時に「あー、もう全部めんどくさい」と放り投げたくなる怠惰な気持ち。過去の失敗からくる、消えないトラウマのシミ。  一見すると汚らしいこれらの感情は、実は僕らが人間として生きてきた「味」そのものなのである。ヴィンテージのジーンズのヒゲやアタリのようなものだ。

 強力な「洗剤(ポジティブ思考)」でそれらを無理やり漂白してしまうと、確かに表面上は真っ白になる。しかし、生地(心)そのものはボロボロに傷み、人間としての奥行きや、他人の痛みに共感する泥臭さまでスッポリと抜け落ちてしまう。漂白されすぎた無菌状態の心からは、面白い文章も、心揺さぶるアートも、そしてアヘアへとした情熱すらも生まれない。

 では、潜在意識をただの洗剤にさせないための、正しい「Wash方法」とは一体何なのか。

 それは、「全自動ポジティブ洗濯機」に放り込むのをやめて、「ぬるま湯で優しくもみ洗い」することだ。

 自分の心に黒ずんだシミを見つけたら、「うわっ、汚い! 消さなきゃ!」と焦って漂白剤をかけるのではなく、「ああ、こんなところにシミを作っちまったな。あの時、転んで泥だらけになったもんな」と、まずはその汚れをじっくりと眺める。  そして、完全には落ちないと分かった上で、ぬるま湯で優しくもみ洗いをする。匂いが取れて、少しだけ色が薄くなればそれでいいのだ。  シミの跡がほんのり残ったままの心のほうが、新品の真っ白なシャツよりも、ずっと着心地が良くて自分に馴染むはずだ。

 僕もよく、AIを使って完璧な文章を作ろうとして、結局「自分の汗と労力の汁」が足りないことに気づいて絶望することがある。でも、その絶望感や不完全さこそが、僕をダレナンたらしめている大切なシミなのだ。

 だから今日も、ちょっとくらい心が黄ばんでいても気にしない。  強力な「洗剤」に頼らず、自分自身の「潜在意識」という泥水の中で、ゆったりと泳いでいこうと思うのである。

 今日のお題は、「潜在意識を『洗剤』にさせないためのWash方法」

 
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