No.2983

題名:今日のストーリーは、「午後の縁側」
報告者:ダレナン

久しぶりに、彼女の実家を訪れた。
電車を乗り継ぎ、バスを一本逃して、山のふもとまで来るのに半日かかった。結婚してからというもの、日々の忙しさにかまけて、ここへ来るのはずいぶんと久しぶりだった。

風の匂いが違う。都会ではもう感じられなくなった、土の匂いと木の呼吸。懐かしいような、少し遠慮がちになるような、そんな気持ちが胸に広がっていた。

「帰ってきたね」
義母の声に迎えられ、玄関先に立つ義父も少し顔をほころばせる。彼女が照れくさそうに「ね、ちゃんと挨拶して」と僕の袖を引いた。

「……実は、お腹に赤ちゃんができました」
そう告げると、二人の顔がぱっと花のように明るくなった。
「まあ……!」と義母が目を潤ませ、義父は一言もなく、ただ何度も頷いていた。

それから縁側に出た。午後の陽ざしが優しく庭を照らしている。
彼女はすでに腰を下ろして、膝の上に手をそっと重ねていた。膨らみ始めたお腹を、柔らかく包むように。

「風、気持ちいいね」
彼女がそう言った。僕は、ただ黙って隣に座る。

心の奥に、ひとつ小さな不安がある。
僕は、本当に父親になれるんだろうか? こんな僕に、命を預かる資格があるのか?
でも、そう考えながら彼女を見ると、不思議とその不安が少しだけほどけていく。

彼女の横顔が、どこか母親のように見えた。
いや、きっと、もう母親なのだ。僕も、少しずつ父親になっていくのだろう。

ふと、彼女が僕の手を取った。言葉はなかったけれど、手のぬくもりが、すべてを語ってくれていた。

ああ、やっぱり――
結婚してよかった。

そう思える午後の縁側。

 
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