No.2912

題名:今日のお題は、「しるしの森」
報告者:ダレナン

(No.2911の続き)
時折、昔の妙なことを思い出す。
「わたし、背中にほくろあるの知ってた?」
「知らない」
「じゃあ、見せてあげる」
彼女は森の小道で立ち止まり、くるりと背を向けた。
あたり一面、夕暮れ色の光が静かに差し込む。
風は吹いていたはずなのに、不思議と木々は揺れなかった。
彼女はゆっくりと髪をかき上げ、肩をさらけ出した。
その背中には、確かにあった。
背骨をはさんで、左右対称に並ぶふたつの黒い点。

どちらも小さく、けれど異様に整っていた。
あたかも誰かの手によって刻まれたように。
まるで「鍵穴」と「鍵穴」が、そこに並んでいるようだった。
「……ふたつ?」
「うん。右と左。ふたつ揃わないと、開かないんだって」
「開く……?」
言葉を繰り返した途端、森の奥で鳥が一羽、何かに驚いたように鳴いた。
だがその声も、どこか遠く、靄の向こうから聞こえてくるようだった。
彼女は、振り返らずに続けた。
「夢の中で教えてくれたの。“右は記憶、左は忘却”。
 どちらかひとつじゃ、道は開かない。両方そろったときだけ、扉が現れるって」
「扉って、どこに?」
彼女はその問いには答えず、振り向いて、微笑んだ。
だがその笑みに、見覚えのない影が宿っていた。
それはまるで——遠い昔に交わされた、忘れられた約束のように。
「もうすぐ思い出すよ。全部」
そう言ったとき、森の奥の空気がわずかにひび割れた。
目に見えない“何か”が、そこに近づいてきているのを、肌が感じていた。

 今日のお題は、「しるしの森」

 
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